静かな健

 

諸橋さんの本には、
こんな愉快なエピソードも載っています。

 

学生自分に、私はある男と競争したことがあります。
一方の男は柔道の豪傑でありましたし、
私は体も弱かったから何もしなかった。
そこで、
その男がしきりに自慢して、
「おまえのようなヒョロヒョロなのは、なんにもならぬ」
と始終言われたから、
癪にさわって「それじゃひとつ、我慢する競争をしようじゃないか」
「何をするか」
「朝から晩まで本を見ていよう」
「ようし、そんなことで負けるものか」と、
その男はやったんですが、
三時間もやらないうちに彼は閉口してしまった。
私はもうそんなことにかまわないで、五時間ぐらいはやっておった。
つまり、
読書の持続性では私が勝ったのです。
それほど自慢にもならないのですが、とにかく、
ひとつのことをじっと考え、
ひとつのことをじっとやっていくということは、
決して弱い人間のできることではありません。
その健は、
やはり人生には必要だと思うのです。
これは、いわゆる「静かな健」であります。
(諸橋轍次『誠は天の道』麗澤大学出版会、2002年、pp.43-44)

 

・山低く野良廣袤(くわうばう)に種を蒔く  野衾