先人の知恵

 

嘘を言わないということは、
簡単なようでありますが、実はそうではない。
我われ凡人は、どうしてもある場合に嘘を言っている。
昔から
「私は嘘を言わぬ」という、そのことばほど大きな嘘はないと言われています。
それほど大半の人間は嘘を言っている。
中には悪意でない嘘もありますから、
必ずしも咎めるわけにもいかないけれども、
それほど嘘を言っている。
さて、
嘘を言ったとき、
いかにもそれがうまくいったと思うことはある。
その場合は事が通ずることはある。
けれども、
そのやり方には必ずや行き詰まりが生ずる。
にっちもさっちも身の動きのとれなくなることがある。
だから、
嘘を言わないというということが
人間の修養上いちばん大切な教えだと考えるのであります。
(諸橋轍次『誠は天の道』麗澤大学出版会、2002年、pp.21-22)

 

諸橋さんの『大漢和辞典』をひもとくことがこのごろ多くなっており、
あわせてこの本を読みはじめました。
講演をまとめたもので、
読みやすく分かりやすくはありますが、
言われている内容は、
時代を問わず、
人間として生きるうえでの根本を指し示しており、
実行するのは決してたやすいものではない。
諸橋さんが亡くなったのは1982年。
昭和57年。
享年99。
ごく最近までこの稀代の漢学者が日本にいて、
生きる道を指し示してくれたことを誇りに思います。
諸橋さんの座右の銘は、
「行不由徑」
行(ゆ)くに徑(こみち)に由(よ)らず
このことばも覚えていたいと思います。

 

・山笑ふ這ひつくばつて上るかな  野衾