虚しい人

 

以前勤めていた会社に、
K大の医学部出身で、
かつてJALのキャビンアテンダントをつとめたひとを奥さんに持つ
という人物が営業マンとして途中入社してきた。
仮にいまこの人物をOとする。
いつもにこにこと笑顔で、
ずんぐりむっくりの、
なんとなく「笑ゥせぇるすまん」
をほうふつとさせた。
たまに、
社長とわたしとOさんの三人で夜の街に繰りだすことがあった。
女性がそばにつくスナックへ行くと、
Oさんは、
ウエストの半分が首周りで、
首の半分が手首だというネタを女性に披露した。
行くスナック行くスナックで、
それを繰り返した。
あたかもそのネタの披露がK大医学部出身者の証であるかのごとく。
いつしかOさんは、
‟歩くウソつきマシーン”と称ばれるようになった。
Oさんのことを思い出したのは、
いま読んでいるアリストテレスの文章にこんな箇所があったから。

 

自分に現にそなわっている以上のものを、
何の目的もなしに見せかけるような人は低劣だと思われるが
(なぜなら、低劣でなければ虚偽をよろこびはしないからである)、
しかしその人は、
悪しき人であるよりもむしろ
「虚しい人(マタイオス)」に見える。
(アリストテレス『ニコマコス倫理学』京都大学学術出版会、2002年、p.186)

 

経歴詐称だけならともかく、
Oさんの身についたウソは止まず、
会社にとって大きな損害となるようなウソに発展してしまう
ことも後に起こった。

 

・亀鳴くや三渓園のしやつくり  野衾