ビル・エヴァンス

 

・花万朶おいでよ山のふもとまで

ビル・エヴァンスをこのごろよく聴いています。
若いころは、むしろ避けていました。
トム・ウェイツを避けるように。
さびしがりのわたしには、
ビル・エヴァンスもトム・ウェイツも、
孤独の代表選手みたいに思えたからです。
しかし、
生きることの前提としての孤独が、
だんだんと身につまされ身に染みてくるにつれ、
トム・ウェイツも、
さらにビル・エヴァンスも、
親しみのあるなつかしい人に変りました。
大学時代からの友人で、
先日網膜剥離の手術をしたS君の部屋を、
学生時代に訪ねたとき、
S君の部屋にビル・エヴァンスの名盤
PORTRAIT IN JAZZ が置かれていて、
ああ、
S君はこんなのを聴くのかと思ったことを覚えています。
これからぼくが好んで聴くことがあるのかなあと、
その時は思いましたが、
めぐりめぐって、
やはりPORTRAIT IN JAZZは、
すごいわけでした。
わたしが前の会社に勤めていたころ、
夜中十二時を過ぎてタクシーに乗ったことがありました。
まあそのころは、
いつもそんなような生活でした。
小さい音でビル・エヴァンスが掛かっていました。
ビル・エヴァンスが好きなのですか?
というわたしの質問から話がひろがり、
音楽をやりたくて秋田から出てきたけれど、
あまりうまくゆかなくて、
今はタクシーの運転手。
ビル・エヴァンス。
いいですねぇ。
そうですか。
結局、
ビル・エヴァンスただ一人じゃないでしょうか。
そうですか。
亡くなる寸前までピアノを弾いていた。
クラシックでは、ディヌ・リパッティ。
ジャズでは、ビル・エヴァンス。
いまが極楽いまが地獄、
いまが死に際
いまが誕生ありがとさん。

・春なれど喫茶店無し鶴見小野  野衾