エミ子さん

 

映画監督山田洋次さんのエッセイ集を読みました。『映画館がはねて』。
映画界では映画館のことを「こや」、開館を「うちこみ」、閉館を「はねる」
というそうで、
書名の「映画館」には「こや」とルビが振られています。
肩の凝らない短めのエッセイをあつめたなかに、「エミ子さん」という文章がありました。

 

「テレビのメソメソしたメロドラマなんか大嫌い。寅さんはいいな、
だって私もあんな風に馬鹿で損ばかりして生きてきたんだもの」
本当に寅さんのように向う見ずで、一本気で、正義感が強くて嘘がつけない性格ゆえに、
彼女はさまざまな衝突をくり返して生きてきた。
何度も警察沙汰をおこして少年院送りとなったこともあったが、盗みとか売春とか
いった類の犯罪は決して犯したことはなかった。
ただ不当な仕打、理由のない差別に徹底的に反抗したのであって、
他人に云えないような恥ずかしいこと一度だってしてないんだ、
というエミ子さんの云い分を、私は心から信じている。
思えば世の中には華やかに着飾り美しい微笑をうかべながら中味の汚れた淑女や紳士
がどんなに大勢いるだろうか、
と私はエミ子さんの話を聞きながらいつも思っていた。
(山田洋次『映画館《こや》がはねて』講談社、1984年、pp.42-43)

 

ほんとうに。文章を読めばエミ子さんが実在の人物であることは分かるのですが、
この気っ風のよさ、どこかで見たことがあるような、
知っている人であるような気がしてきます。

 

・日盛を黙し斜めに歩くかな  野衾

 

鳴かぬなら

 

先週土曜日、歯医者が済んでつぎに予定している床屋までは一時間ほどあったので、
いったん山をのぼり自宅に帰ることに。
午後四時を過ぎているのに、うだるような暑さはかわらない。
西日にまっすぐ向かう道のこととて片蔭は見つからず。
保土ヶ谷橋から戸塚方面へ向かう国道一号にかかる信号はけっこう待ち時間がながく、
暑さがこたえます。やっと青に変り横断歩道をわたる。
左に曲がり、スーパーマーケットを横目に見ながら歩いていると、
白いTシャツを着た髪のながい女性が歩いてきました。
シャツに大きめの文字でなにやら書かれています。
凝視しなくても、パッと見てわかるほどの。

 

鳴かぬなら そういう種類の ホトトギス

 

文字の左下には、スズメみたいなホトトギスみたいな小鳥が描かれていて。
信長、秀吉、家康をふまえて、ということかもしれませんが、
なかなか秀逸。
「カ~ラ~ス~なぜ鳴くの~カラスの勝手でしょ」
を連想したり。
行きつけの床屋までは家から歩いて五分ほどですから、
家に着いてさっそくパソコンを立ち上げました。
と、
「鳴かぬならの」の句は、数年前からすでに話題になっていました。
わたしが知らなかっただけ。

 

・夕焼にいつか訪ねし原野かな  野衾

 

みがき残し率

 

先週土曜日は、歯医者と床屋の日。
うだるような暑さのなか、片蔭に寄りながらまずは歯医者。
ほんとうなら歯みがきを励行し、
みがき残しを20%に抑えられればいいのですが、
しょうじきなところ、歯ブラシと歯間ブラシでふつうに歯みがきをして、
みがき残し20%以内というのは、
あり得ないんじゃないだろうかと内心思っています。
ところで世にワンタフトブラシなるものがあり、
先が筆のようにすぼまっています。
これで歯と歯のあいだをこすると、格段にみがき残しは少なくなる。
なので歯医者の日はそれをつかうことでみがき残しを少なくしているのですが、
考えてみれば、まいにちやらなければ意味はない。
それはそうなのですが、
ワンタフトブラシをふだんづかいする人はどれぐらいいるのだろう。
わたしがそれをつかうのは、
つかわなければ、
歯科衛生士の歯みがき指導の時間がとられるのは明らかなので、
それを避けるためだけに、定期検診の日だけつかう。
案の定、よくみがけています、と歯科衛生士の女性にほめられた。
ほめられれば悪い気はしません。

 

・自転車を漕げどとどかぬ雲の峰  野衾

 

ノコクワくん

 

ゴミ出しの日の早朝、玄関ドアを開けると、ノコギリクワガタがいました。
夏になると、エントランスにいろいろな虫がやってきますが、
三十年住んでいて、ノコギリクワガタが、
それもバッファローの角のような立派なノコギリをつけた大型のクワガタが来たのは
初めて。
ちょっと感動しましたね。
子どものころ、夏休みによく手にしたのはミヤマクワガタで、
それはそれでうれしかったけど、
ノコギリクワガタを目にしたり、
ましてじぶんのものにするのは少なかった気がします。
さて玄関ドアのところで見つけたノコクワくん、挟まれないように注意しながら
手にとってみると、
ノコギリに蜘蛛の糸と思われる白いものが付着していました。
どこぞの蜘蛛の巣にからまれ、
そこから逃れるために苦闘したのかもしれません。
それで疲れてしまったのか、少々元気がなさそうです。
立派なノコクワくんとはいえ、飼うことはままなりませんから、
つまんで道の反対側にある藪の枝に放ちました。

 

・七月の古里愛でて詠ふかな  野衾

 

ウォークマットⅡのこと

 

数年前、まいにちつづけることで、どこというわけでなく体全体に何かいいものが
ないかと考え、いろいろ検索しているうちに出合ったのがウォークマットⅡ。
プラスチックの板にボコボコと凸型のでっぱりがあり、
それを踏み踏みするというもの。
購入したとき、いっしょに付いてきた説明書を見ながら、
裸足で板に上がったのですが、痛すぎて、動くことすらできませんでした。
説明書には11の踏み方が記されていて、
まいにち30分踏むようにするとよい、とのこと。
はじめは、30分どころか、10分踏むのにも変な汗を掻きました。
が、二か月が過ぎたころ、痛いことは痛いのですが、
なんとか30分踏んでいられるようになりました。
さらに三か月、半年とやりつづけていたら、
痛さがやわらぎ、気持ちいいぐらいにまでなりました。
秋田に帰省するときは、キャリーバッグに入れて持ち運んだりもしましたが、
その後、秋田にも一台別に購入。
この文の冒頭、数年前と書きましたが、
購入履歴をしらべてみたら、2018年の3月でした。
5年ぐらいつづけたかな、
と思っていたところ、あにはからんや、まる7年が過ぎていたことになります。
けさも踏みました。
これは官足法という考え方に沿ったグッズで、
官足法については本も出ています。
どこに効いているのか、自覚的にはよく分かりませんが、
血圧が下がったのは、
この板のおかげかなと思っています。
考えてみれば、
足の裏は、からだの端っこにあり、
そこが刺激されると、血流はきっとよくなるでしょう。
したがって、ポンプの役割をしている心臓があまりがんばらなくてもよくなる、
しろうと考えですが、そんな気がします。

 

・さみだれて山は変らず人は過ぐ  野衾

 

「ナルニア国ものがたり」

 

電車でしばらく読んでいた下村湖人さんの『次郎物語』が終りましたので、
つぎにルイスさんの『ナルニア国ものがたり』を手にとりました。

1『ライオンと魔女』
2『カスピアン王子のつのぶえ』
3『朝びらき丸 東の海へ』
4『銀のいす』
5『馬と少年』
6『魔術師のおい』
7『さいごの戦い』

ただいま、まんなかの巻にあたる第4巻『銀のいす』。
こちらの世界からあちらのナルニア国への入口はひとつでなく、
ひょんな場所から入っていけるのは、
こういう物語のたのしいところ。
また、
訳者の瀬田貞二さんが苦労して(たのしんで?)訳し名を付けたのかもしれませんが、
この物語には、
巨人ごろごろ八郎太、とか、天気てんくろう、とか、泥足にがえもん、とか、
ネーミングがユニークな登場人物がでてきて、
忘れがたいものにしてくれます。
ところで、
トールキンさんの『指輪物語』は二十代のころ、
引き込まれるようにして読んだことをおぼえていますけれど、
電車内でチョビチョビ読んでいるせいもあってか、
『ナルニア国物語』は引き込まれるように、
という感じはあまりありません。
歳をとったせいかな。
さいごまで読んだわけではありませんので、言いきることはできないけど、
この感じのまま終りそうな気もします。

 

・夏の日のとろける川の鯉ゆらり  野衾

 

昆虫の森

 

帰省の折は、だいたい弟が秋田駅までクルマで迎えに来てくれます。
ありがたいことです。
28日はちょうど父の訪問介護の日にあたっていて、
すこし時間の余裕がありましたから、途中にある公園に寄りました。
以前、弟のクルマで通ったことはありましたが、
歩くのは初めて。
土曜日のこととて、家族づれで訪れている人が多く、
秋田にこんな大勢の人がいたかな、
なんて冗談を言ったり。
中央の広場を巻くようにして、緑を浴びながらの散策。そこここに野草が花をつけ。
ちゃんと整備されていましたが、過剰な感じはなく、
ほどよく手を付けていないところがいいなぁと思いました。
と、
ペットボトルが吊るされている木の枝を弟が発見。
見れば、なかに黒いものが動いています。
藪をこいで近づき、
やぶれた穴から黒いものを取りだしました。
メスのカブトムシ。けっこう大きい。
ことし見る初のカブトムシ。
背中のこまかい毛がキラキラと野生を匂わせます。
弟は、道の反対側にある虫が好みそうな枝にカブトムシを放ちました。
あと一、二週間もすれば、
昆虫たちがつどう森になるでしょう。

 

・紫陽花や島のうへなる鳶の群れ  野衾