貝母について

 

貝母という植物についての記述もあります。「ばいも」と読み、漢方薬のひとつで、
咳止め、痰を切る、止血、催乳、膿を出す、利尿、鎮痛など
の作用があるらしく。
そのため気管支炎、肺結核、せき、扁桃腺炎、腫れものなどの治療に用いられるのだとか。
そういうことがネットで検索するとでてくるのですが、
『和漢三才図会』には、それとはまたちがったことが書かれています。

 

貝母は悪瘡を治す。唐人はそのことを記して次のようにいう。
かつてある商人の左膊かたほねの上に瘡かさが出て人面のようであった。
別に痛くはない。
戯れに酒を人面瘡の口に滴らすと、面は赤くなる。
物を食べさせると食べる。多く食べたときは膊内の肉が脹起し、
食べさせないと一臂ひだりうでが痺しびれる。
名医がいて、諸薬・金石・草木の類を試させたが、どれも瘡にはきかない。
貝母を使用すると、
人面瘡は眉をしかめ目を閉じた。
そこで小さな葦よしの筒でその口を毀こわし貝母を注ぎ入れると、
数日で痂かさぶたとなり、遂に癒えた。
けれどもこれがどういう病かよくわからない、と。
(寺島良安[著]島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳[訳注]『和漢三才図会 16』
東洋文庫、平凡社、1990年、pp.197-198)

 

人の顔をした傷口って、どうなんでしょう。ホラー以外の何ものでもないわけです
けど(これに似た話を漫画で見たような気もします)、
こういう記述にたまに出くわすことがあり、
やめられなくなります。

さて、来週月曜日(30日)は都合により、「よもやま日記」をお休みします。
よろしくお願い申し上げます。

 

・ものみなが揺れて溶けだす溽暑かな  野衾

 

鎖陽について

 

江戸時代のいわば絵入り百科事典ともいうべき『和漢三才図会』でありますが、
平凡社の「東洋文庫」で18冊ありまして、
その16巻目を読了。あと二冊。ふ~
ところで、この本、
いたってまじめ、謹厳実直そのもののような書きっぷりでありまして、
それなのに、というか、だからよけいに、クスっと笑たり、
ときに爆笑してしまうこともあります。

 

『本草綱目』(草部山草類鎖陽〔集解〕)に次のようにいう。
鎖陽さよう(オシャグジタケ科オシャグジタケ)は粛州(甘粛省)や韃靼の田地
に生える。
野馬とか蛟竜の遺精が久しい年月を経て笋たけのこのように
発起したものである。
上は豊ふくらんで下方はつつましい。
鱗甲が櫛くしの目のように並び、
筋脈は連絡していて男陽によく似ている。つまり肉蓯蓉の類である。
あるいは、
里人の淫婦がこれに就合し、一たび陰気を得ると勃然として怒長する、ともいう。
土地の人は掘りとって洗って皮を取り去り、
薄く切って晒し乾して薬にする。
効力は蓯蓉に百倍する。
恐らくこれにもいろいろの種類があるのであろう。
肉蓯蓉・列当(草蓯蓉)も、
すべてが遺精から生じたものというわけでもないのである。
気味〔甘、温〕よく陰気を補い、精血を益し、
大便の通じをよくする〔燥結しないものは用いてはいけない〕。
(寺島良安[著]島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳[訳注]『和漢三才図会 16』
東洋文庫、平凡社、1990年、pp.143-144)

 

「遺精」とは、性行為を伴わない不随意の射精のこと。
「男陽」とは、陰茎、男根のこと。
「淫婦」とは、多情で浮気な女のこと。
「怒長」とは、血管などがふくれること。
以上の熟語をおさえておくと、だいたいの意味がつかめることになりますが、
はて、そんなの、ほんとにあるのか?
と、疑わないわけにはまいりません。でも、
なさそうでありそうなのが、なんともおもしろい。

 

・一斉に息吐く夏の交差点  野衾

 

カラス愛の本 2

 

まいにち目にしないことのないカラス、声をきかない日とてないカラスですが、
あまりに身近にいるせいか、その生態となると、ほとんど知りません。
なので、
松原始さんの『カラスの教科書』を読むと、
ほんとかなー? そんなことある?
と、つい疑ってしまいたくなる記述にたびたび出くわします。

 

カラスはよく「遊ぶ」。他の鳥も遊ぶのかもしれないが、
人間の目から見てカラスほど分かりやすく遊ぶ鳥は珍しいように思う。
先の定義を踏まえて言えば、
実生活から離れて「楽しむためだけの行動を作り出す」事ができるのかもしれない。
滑り台にしゃがみ込んで滑った、雪の上を背中で滑った、
といった観察はいくつもある。
しかもわざわざ歩いて登っては滑り降りる例が多い。
意図的にではなく滑り落ちてしまった例もあるだろうが、ワザとやってんじゃないの?
という例もしばしばある。
風乗りと言われる、風に向かって翼を広げ、フワッと浮き上がる行動も見られる。
電線からぶら下がったり、
鉄棒のようにグルンと回転して戻ったりする行動もある。
風乗りは飛行訓練とも言えるが、
ぶら下がって一回転する行動を「将来役に立つ」と主張するのは
ちょっと難しいだろう。
「そうそう、枝から落ちそうになった時便利やからね……って何でやねん!
飛んだらええやろ!」とノリツッコミを入れたくなる。
(松原始『カラスの教科書』雷鳥社、2013年、p.201)

 

ちゃんと裏付けをもった記述のようなので、そうですか、となるわけですけど、
それにしても、「電線からぶら下が」って遊んでいるカラスの図
を想像するのはたのしい。
202ページに著者のイラストがあります。

 

・夏草や昔そこまで波の音  野衾

 

カラス愛の本 1

 

おもしろい本を読みました。松原始(まつばら はじめ)さんの『カラスの教科書』。
いまは文庫になっているようですが、わたしが読んだのは単行書で、
カラスについて、豊富な知見と調査、研究をとり交ぜながらの肩の凝らないエッセー集。
数年前、出社の折に、自宅から山を下りる階段のところで、
背後から帽子をかすめるようにして飛んでいったカラスに遭遇するなど、
浅からぬ縁を感じています。ちなみにわたしの干支は酉年。

 

カラスの中でもかなりスカベンジャーに特化した生活史を持っていそうなのが、
ワタリガラスだ。
ワタリガラスはユーラシアから北米に分布する世界最大のカラスだが、
実はこの分布はオオカミの潜在的な分布とほぼ一致している。
さらに、
北米ではオオカミの分布が縮小するにつれてワタリガラスの分布も縮小傾向にあったが、
その後、
コヨーテが増えてくると
ワタリガラスが戻ってきた場所があるという。
つまり、
ワタリガラスは捕食動物の食べ残しを片付けるというニッチに特化した鳥である
可能性がある。
(松原始『カラスの教科書』雷鳥社、2013年、pp.126-127)

 

なるほどねぇ。これもカラスが生きていくための知恵のひとつなんだろうな。
引用したのは、北米の例ですが、
著者ご自身が知床で観察したワタリガラスの例もとり上げられています。
この本にはカラスのイラストがふんだんに収められていますが、
それも著者である松原さんが描いたもの。
イラストを見ているだけで、
著者のこよなきカラス愛が感じられてたのしい。

 

・坂上る夏服の子に夕日かな  野衾

 

『アンパンマン』のこと

 

いまNHKでは連続テレビ小説『あんぱん』をやっていて、たまに見ています。
『アンパンマン』のことは、あまり知らないのですが、
すこしは知っていて、作者のやなせたかしさんはおもしろいなぁと思い、
数年前、
『アンパンマン』の絵本や、
やなせさんが書いたエッセー集を何冊か買って手元に置いてありました。
そのなかの一冊『人生なんて夢だけど』を読んでいたら、
え、そうなの! という文言にでくわしました。

 

アンパンマンのお話が、子どもたちになぜ受け入れられたか。
その理由はいくつかあるにしても、
主役以外のキャラクターが鮮明に個性的なことだと自惚れもまじえて確信しています。
アメリカ映画「風と共に去りぬ」は実にキャラクターがくっきりとできている、
ひとつの模範例です。
主役のスカーレット・オハラは美人でわがままで強気で
相当いやな性格をしていますが、女優はみんなやりたがります。
アンパンマンでいえばドキンちゃんですね。
おとなしいメラニーはバタコさんで、
知的な二枚目のアシュレーはしょくぱんまんということになります。
レッド・バトラーは、
強いていえば「アンパンマンとばいきんまんを足して二で割る」でしょうか?
でも、ちょっと違いますね。
というわけで、
「風と共に去りぬ」は意識して参考にさせてもらいました。
(やなせたかし『人生なんて夢だけど』フレーベル館、2005年、pp.211-212)

 

『アンパンマン』と『風と共に去りぬ』。
作者のやなせさんがおっしゃっているわけだから、そうなんでしょう。
『風と共に去りぬ』の映画を若いときに観て、
その後、マーガレット・ミッチェルさんの原作も読んだけど、
まさか、
『アンパンマン』を描くときやなせさんが『風と共に去りぬ』を参考にしたなんて、
思いもしませんでした。どこでつながるのか、
分からないものですね。

 

・六月の朝の障子に蝶の影  野衾

 

丘のうえの桜

 

わたしの部屋からおおきな桜の木が見えます。ここに住むようになってから約三十年
になりますが、
ほぼまいにち見ているはずです。
ここは、もともと山だったのでしょうね。
いかにもそこを切り崩して宅地にしたというような地勢で、
わたしのところから見ると、桜の木は、
伊良湖岬を小ぶりにしたようなカーブの先の丘の上にあるのです。
朝のツボ踏み運動をしながらまいにち見ていて、
ふと思いました。
ちかくまで行ったことがないな。
わたしの部屋からだと、
直線にしておそらく100メートルぐらいではないかと思いますが、
下の道から急階段があり、途中でいちどガキッと曲がって、さらに上方へ。
その階段、
どうやら丘上にあるお宅の個人所有のものかとも想像され、
そんなこともあって、
これまで近づくことをしませんでした。
が、
階段の登り口にとくに注意書きはなさそうだし、
登って行って、ちゃんとことわればいいことかな。そんな気がしてきました。
リスくんたちのホームもその辺りにありそうだし。
それにしても大きな桜の木。
この木なんの木、桜の木、てか。
うすピンクの花が咲いているときはもちろんですが、
散ってからも、風の日は風の日なりに大きくしずかに揺れうごき、
風のない日は風のない日で、
緑のなかの点々とある葉陰がなにを思うのか、
思わないのか、
安らいでいるようにも見えます。

 

・撥ね返り膝下までも夏の雨  野衾

 

さまざまのこと 35

 

たしか小学六年生のときのこと。
ゴム動力のプロペラ飛行機をつくって飛行時間を競うじゅぎょう、
というか催しがおこなわれたことがありました。
がっこうで模型飛行機をつくるのは、じゅぎょうというより、あそびのえんちょう。
学校で仕上げられなかった生徒は、
家にもって帰って完成させてもよかったはず。
翌日、つくった飛行機をもって、
かつて中学校の校舎があった南台グラウンドまで行き、
グループに分かれ、先生の合図で、数人が晴れた空に手づくりの飛行機を放ちました。
わたしの飛行機は、可もなく不可もなくという感じで、ほどなく着地。
いちばん長く飛んだのは、
となりのクラスのNくんの飛行機。
グラウンドからはるかにそれて、緑の崖のほうまで飛んでいき、
ストップウォッチを手にした先生があわてて飛行機の着地を確認しに行きました。
Nくんと数名が、わが井川東小学校を代表して、
地区の大会へ参加しましたが、結果がどうなったか、
報告があったと思いますがおぼえていません。
わたしはといえば、
運もあるし、
ひどく悔しい思いをしたというわけではありませんでしたけれど、
じぶんのつくった飛行機がごくふつうに終ってしまったのが、
ちょっとこころのこり。
それで、
五城目町にあるおもちゃ屋まで行き、
学校でつくったものと同じ手づくりセットを購入。
家にもって帰り、意識を集中し、
ていねいにていねいにつくりました。
材料は木と竹ひごと紙ですが、飛行機の重量をできるだけ軽くするために、
木と竹ひごはろうそくの火にあて、燃えない程度に焦がすなどの念の入れよう。
薄い半透明の紙を貼って完成。
さっそく外へ出、家の裏にまわりました。
プロペラを回してゴムを巻きます。
両手を添え、ひろい田んぼに向かって飛行機を放ちます。
旋回することなく、どんどん上昇し、田んぼをつぎつぎ超えていきました。
急いで飛行機を追いかける。
このまま飛んでいったら、端っこのたんぼを超えて、
大麦のほうまで行ってしまうんじゃないか、
なんて。
そんなことまで思いながら、追いかけていくと、そうはならずに、
やがて、色づいてきた稲穂がささやく田んぼに着地。
こんなに飛んでくれてありがとう。
なっとくのいく飛行に、満足したのでありました。

 

・あれをしてあれもこれもと梅雨晴間  野衾