さまざまのこと 33

 

これも小学三年生のときの話。子ども用の自転車を買ってもらいました。
フレームがベージュでした。
さいしょは後輪に補助のクルマをつけて。
補助車で慣れたらこんどは補助車を外して乗ることになりますが、
補助車付きで乗ることと
それを外して乗ることのあいだには、
天と地ほどのちがいがあるような気がします。
浮き輪をして泳ぐのとそれ無しで泳ぐののちがい、
みたいな。
乗れるようになってしまえばどうってことないのですが、
乗れないときから乗れるようになるときのバランス感覚の冴えというのは、
逆立ちをするときの感覚にも似て、
いくらことばで教えられても、なるほどそうか、
とはならず、
なんどもなんどもくりかえし失敗することをつうじて、
からだが微妙な感覚をつかむしかないように思います。
補助車を外したら、つぎにすることは、自転車のうしろをだれかに支えてもらい、
ペダルを踏みこむのに合わせ、数メートルいっしょに走ってもらうこと。
それからパッと手を離してもらう。
それをしてくれたのはおもに、道をはさんだ向かいのHさん、
だったかな。
わたしより四つか五つ上でした。
やがて、
みじかい距離ならひとりで乗れるようになりました。
だんだん自信もついてきました。
あるとき、
家から自転車を持ち出し、車道まで押していった。
ゆるい下り坂を利用し、乗りはじめた。
はじめすこしゆらゆらしましたが、ほどなく、すー。
ペダルをこぐほどにスピードが増していく。
と、
道が右へカーブし井内へ下りていく手前、
うまくハンドルが切れず、そのまま左手の苗代に突っ込んだ。
苗代なので痛くはなかったけれど、頭からさかさに泥に突っ込んだので、
自力で身を起こすことができませんでした。
ぐにゅぐにゅわさわさしていたら、
ちょうどオートバイで通りがかったおじさんが、
オートバイを停め、わたしを泥から引きぬいてくれた。
役場に勤める方であることを、
あとから知りました。
苗代だから事なきを得ました、わたしも自転車も。
そんな失敗がありましたが、
さいわい乗れるようになり、
中学三年間は自転車通学でした。ところで、
自転車って、いちど乗れるようになったら、その後ずっと乗らなくても、
乗るとなったら転ばずに乗れるのはなぜ?
からだの感覚ってすごいと思います。

 

・草々を白く濡らして夏の雨  野衾