『川柳でんでん太鼓』2

 

田辺聖子さんが紹介する川柳と、それにたいするコメントをあわせ読むと、
つくづく川柳っていいなぁと思います。含羞あり、照れ笑いあり、
つよがりの底のわらいと悲しみあり。ひとが好きだけど嫌い。嫌いだけど好き。
それを言ったらおしまいだよ、の手前、また横。

 

不細工な妻に子供はようなつき   (後藤梅志)

 

この作者は妻を嗤わらっているのではない、妻に対する溢れんばかりの愛を、
照れかくしでこういうているのである。
後藤氏の奥さんはお店をやっておられるそうで、
後藤氏がこの短冊を店へ掛けておいたところ、お客の一人が
「おばさんこんなこといわれて、よくだまっているね」
といったら奥さんは
「不細工でなくちゃ川柳にならないんだよ」とやり返して少しも苦にした様子がない、
やっぱり川柳家の妻だけのことはあると、
『秀句鑑賞と梅志句集』に後藤氏は書いていられる。

 

夫婦げんかしていたらしい屋台店   (高橋散二)

 

「一本つけて」とぬっとのぞいた屋台店、客は期待にみちて顔をつっこんだのに、
中はちょっと気まずい雰囲気、いらっしゃいというおばはんの声も冴えず、
おっさんもむっつり、客のいぬ間に揉めていたらしい。
夫婦で仕事すると、こういうときは逃げ場がなくて困ってしまう。
しかしまた一方、
お客との応酬やりとりのうちにいつとなくナアナアで、
けんかもおさまってしまう利点もある。
生活の中の、ちょっとしたほろ苦いなつかしみを活写するのも、川柳のうれしさ。
(田辺聖子『川柳でんでん太鼓』講談社、1985年、pp.142-143)

 

・滝落ちて人ひとヒトの小さきかな  野衾