ひとつとして同じモノがない 2

 

ひとつとして同じモノがない
トヨタとともに生きる「単品モノ」町工場の民族誌

が中小企業研究奨励賞経営部門の本賞を受賞したことをきっかけに、
あらためて通読したわけですが、
いろいろ感じ考えさせられ、納得し、共感をもって読み終えました。
とりわけ「単品モノ」「数モノ」という比較は、
じぶんの仕事、まわりの仕事、いまの世の中を考えるうえでも、
とても参考になりました。

 

「単品モノ」は、
「トヨタ生産システム」のなかで設備を絶え間なく動かす必要があることから、
需要が生まれることからはじまる。
そしてそのつくる過程では、機械を使いこなすという点において、
身体技法や感覚を有すること、
また部品に応じてその都度工程を編成する必要があること、
さらには、
異なる技法をもつ町工場が連鎖することで、
ひとつの部品がつくられる。
そのような技術は、
機械や道具のようなハードの側面だけでは考えられず、
多くの人が関わり共有するモノづくりの世界観があるといえる。
とくに、
「単品モノ」の町工場の人びとは、
トヨタ系の工場と対比させて、「単品モノ」を語る傾向にある。
刈谷市の町工場をまわっている工具商は、
「単品モノ」と「数モノ」の町工場を比較し、
「数モノは今後だめだね」
と今後の展望を話し、
H氏の妻は、
トヨタ系の工場で働いていた経験を振り返り、
「量産工場とは違って、うちらには人間らしさがある」と話すなど、
常に「単品モノ」/「数モノ」
というかたちで対比的に捉えている。
(加藤英明[著]『ひとつとして同じモノがない
トヨタとともに生きる「単品モノ」町工場の民族誌』春風社、2024年、pp.244-245)

 

学術書の出版は、一般書にくらべ部数が少ないわけですが、
それでも数百部はつくります。
が、26年間で1100点をつくってきたその一点一点は、
いわば「単品モノ」でありまして、
「ひとつとして同じモノがない」。
一般書であっても、それは同様で、
なにも学術書にかぎったことではないけれど、
目から鱗が落ちる、とでも申しましょうか、
そうか、
わたしたちは、「単品もの」をつくっているのか、
そうかそうかの感をもった次第です。

 

・子らの顔顔ふるさとの春無限  野衾