沈黙について

 

西川長夫さんの『[決定版]パリ五月革命 私論』を読みながら、
国がちがい、時代も半世紀以上まえのことでありながら、
論じられていることは、
いまのわたしにも深くひびいてくる気がして、
きょうも引用したいと思います。
ところで、
先週二度、この本について触れた折、
書名を間違えました。
『[決定版]パリ五月革命 試論』としましたが、
正しくは『[決定版]パリ五月革命 私論 転換点としての1968年』です。
私論の「私」がとてもだいじなことでした。
お詫びして訂正いたします。
先週のも直しました。

 

私たちが陥りやすい第二の罠は、第一の場合とは逆に、
六八年における知識人の不在を強調し、
六八年の文化的思想的不毛性を指摘する、
これも当時のジャーナリズムの言説によく見られた傾向であった。
知識人の不在という現象はたしかに観察されたと思う。
それまでジャーナリズムを賑わせていた、レヴィ=ストロース、フーコー、
ラカン、アルチュセール、バルトといった名前が一時期、
新聞や雑誌から消えて、
この著名な知識人は彼らの意見がおそらく最も待たれているときに、
沈黙を守っているのはなぜだろう
という疑問を抱いたことは覚えているし、
またそのことについての嘲笑的な記事が出ていたこともたしかである。
だが彼らが同伴的な知識人のポーズをとらず、
沈黙を守ったことは(その理由はさまざまであろう)、
必ずしも六八年の思想的不毛性を意味しない。
むしろこの沈黙は多くの場合、
後になって分かることであるが、
六八年五月の衝撃の大きさと、
それをまっとうに受けとめた思想家たちの
その後のクリエイティヴな思考と活動に結びついていたと思う。
(西川長夫[著]『[決定版]パリ五月革命 私論 転換点としての1968年』
平凡社ライブラリー、2018年、pp.236-237)

 

なるほどと思います。
衝撃が大きすぎて、すぐにことばにできないことは、
おおくの人が体験するところ。
これは、たとえば、
泣いている子供に、泣いていないで理由を話しなさいと言うことの理不尽
とも関連している気がします。
泣いている理由をことばにできたら、
泣くことはないわけで。
たしか柳田さんの「涕泣史談」にあったんじゃないでしょうか。

 

・カラカラと硬き音立て枯葉かな  野衾