「神田川」

 

「神田川」のイントロのメロディーがながれると、
もう、ことばでは言い表すことのできないノスタルジーの世界にスッと
誘いこまれます。
あれはどくとくですね。
こうせつさんは、1949年2月生まれで、
わたしのいちばん下の叔母と同年齢じゃないかと思います。
ずいぶん昔の話になりますが、
その叔母が、
「若かったあの頃 何も恐くなかった ただ貴方のやさしさが 恐かった」
の歌詞について、
感慨深げに話してくれたことがありました。
そのとおりの季節があったと。

 

「神田川」は発売直後に1位になりました。
ただ、1位になったことを知った時の僕たちは意外と冷静で、
どこか他人事のように感じていました。
「やったー!」とか「これで食べられる」とか、
そういう感覚はありませんでした。
それよりも、
これでまたひとつかぐや姫の良い曲が増えるんだ、
という充実感だったような気がします。

 

一般的に言えば、いくら1位になった曲でも、
10年もすれば忘れられてしまいます。
どんなに流行った曲でも、何年かすると消えて行くものです。
けれど、
「神田川」は今でもずっとみんなの心に漂い続けている。
自分でも、不思議な歌だなあと思います。
「神田川」を聴いてくれるみなさんの気持ちの中にあるのは何なんだろうと、
自分でも考えています。
(南こうせつ[著]『いつも歌があった』yamaha music media、2019年、p.85)

 

歌いつづけてきて、いまも歌っているこうせつさん本人が
こういう感想をもっているというのが、なんともおもしろいと思います。
つくった本人をも超えている、
とでもいいましょうか。
こうせつさんより年下になりますが、
恥ずかしながら、わたしにもそういう季節があった気がします。
新井奥邃(あらい おうすい)さんの文に、
懐旧を戒めることばがあります。
過去をふり返り、
むかしをなつかしく思い出すことは、
たしかににんげんの弱さを示すものかもしれないけれど、
そのことによって、
なぐさめられ、こころがすこしほどけ、
もうすこし生きてみようかな、
というような静かな勇気が湧くことも事実ありそうです。

 

・ふり向けばシュプールの上の冬山  野衾