人は過ぎ去った美しいものを、一つのとげのようにではなく、
高価な贈りもののように自分の内にたずさえてゆくものだ。
いろいろな思い出を掘り返したり、それに自らを引き渡したりしないように
用心しなければならない。
ちょうど、高価な贈りものはしょっちゅう眺めたりしないで、
特別な時にだけ見るように、
〔思い出も〕それ以外の時は、
それがあることは分かっているが隠されている宝のように所有するのがいい。
そうすれば、
持続的な喜びと力がその過ぎ去ったものから出てくる。
ヒトラー暗殺計画に加担し、逮捕され、絞首刑にされたドイツの牧師
ディートリヒ・ボンヘッファー。
上の文は、
1943年12月25日のクリスマスの日に、
親友の牧師であるエバハルト・ベートゲと
彼の妻でボンヘッファーの姪レナーテにあてて
テーゲル軍刑務所において書いた手紙の一部。
E・ベートゲ編・村上伸訳『ボンヘッファー獄中書簡集』(新教出版社、1988年)
に収録されている。
親、兄妹、友にあてた手紙、もらった手紙の文面から、
それぞれに対する、
またボンヘッファーに対するそれぞれの情愛の深さが
しみじみ伝わってくる。
上の手紙を書いてから約一年三か月後、
ドイツが降伏する直前の1945年4月9日、
ボンヘッファーは、
国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)により、
フロッセンビュルク強制収容所で刑死した。享年39。
・新涼や朝の光のやはらかき 野衾