池内さんのこと

 

池内紀さんが亡くなったことをきのうの新聞で知った。
まとまった本としては出したことがなかったが、
ご縁を賜り、
『おうすいポケット』の巻頭言などを書いていただいた。
またトークイベントのため、
二度ほど弊社へお越しくださった。
原稿はいつもFAXで、
小さくとてもクセのある直筆の文字で書かれていた。
文のはじめに時候のあいさつと
ちょっとしたイラストが添えられているのが常だった。
いま弊社では
二十周年企画として『春風と野(や)』の冊子をつくっているが、
池内さんにも原稿をお願いした。
下の写真は、
今月13日にFAXでいただいた原稿である。
こちらの組に流し込み、
著者校正用ゲラをお送りし、
25日に池内さんの朱の入ったゲラがFAXで届いた。
それから五日後に池内さんは亡くなった。
弊社で行ったトークイベントの際、
死が引き算であることについて
池内さんはいつものやさしい静かな口調で語った。
「引き算は、
皆さんも体験されていると思います。
ぼくはそういう過程(両親の死のことなど)のなかで文学を知った
ものですから、
ことばを足すことによって世界ができあがる、
自分の努める気持ち次第で、
どのようにも増えていく、
こんなすばらしい世界があるというのがうれしかった」
そのことばが、
あのときの表情、語り口といっしょに、
なんどもリフレインされる。

ご冥福をお祈りします。

 

・惜しむごと裏の畑の秋の蝶  野衾