パソコン顚末

 

自宅のパソコンがインターネットと接続できなくなった
かと思いきや、
まるで機械に遊ばれてでもいるように、
いつの間にか直っていた
かと思いきや、
家人が訪問キャンセルのためNTTに連絡したところ、
やはり不具合は生じていたらしく、
同じマンションのほかのひとからも知らせがあり、
共用の設備を修理したとのこと。
はあ、
なるほど。
ということは、
やはり不具合には原因があって、
必要な対応も然るべくあったということになります。
機械音痴のわたしも納得した次第。

 

・盂蘭盆会鳥海山は雲に入る  野衾

 

ふざけ機械

 

自宅のパソコンがインターネットと接続できなくなり、
こまり果て、
家人がNTTに連絡し、
かかりのひとが来てくれることになりました
ので、
いったんそのことを忘れて帰宅するや、
家人が
「パソコン見てみて」
と言いますから、
ひょいととなりの部屋を覗くと、
あ~らら、
ふつうにつながっているではありませんか!
「あなたが直したの?」
「いや。ひょっとしたらと思って立ち上げたら直っていた」
へ~。
分からないもんだ。
でもよかった。
まったく人騒がせなふざけ機械だよ。

 

・三河湾旭日とともに秋に入る  野衾

 

不具合

自宅のパソコンがとつぜん
インターネットとの接続ができなくなりました。
だけでなく固定電話もダメ。
たのみの綱はスマホのみ。
機械音痴のわたしではらちが明かず、
家人がいろいろ調べ
しかるべき部署(?)へ連絡、
金曜日にNTTのかたが来てくれることになりました。
さてどうなることやら。

晩夏

 

日中歩いていると
蟬がしきりに鳴いていて、
いよいよ夏の終りと感じますが、
仕事を終えて保土ヶ谷駅から自宅へ向かう道々、
相変らず蟬は鳴いているとはいうものの、
同時に、
蟬ではない、
秋の虫の声が聴こえてきます。
蟬の声と秋の虫の声が入れ替わるちょうど境の日だったのでしょう。
数年前、
佐々木幹郎さんの山小屋を訪ねたとき、
道々クルマを運転しながら、
幹郎さん、
ほんとうに紅葉がきれいなのは一日だけ
という話をされ、
一日だけですか? と
きき返したことを覚えています。
きのう、
蟬の声と虫の声が同時に聴こえてくるときに遭遇し、
一日ともいえない時のめぐりに感じ入り、
シジンのことばを思い出しました。

 

・緑蔭や閑(しずか)の水に釣りの糸  野衾

 

抑止力

 

家人の姪がカナダに留学する前に食事会をしよう
ということになり、
義母が場所をセットしてくれました。
愛知県蒲郡市にある三谷温泉松風園(みやおんせんしょうふうえん)
三河湾の絶景がすばらしい
ステキな宿でした。
家人は前もって実家に帰り、
義母といっしょに模造紙に激励の言葉を書いたり、
姪が生まれたときから子ども時代の写真をアルバムにし、
宿での夕食の後、
サプライズの時間が設けられました。
姪は、
部屋の壁に貼られたきらきら光る模造紙を見、
写真のアルバムを手にして、
涙を抑えられずに顔を紅潮させていました。
こちらも思わずもらい泣き。
さびしいとき、
また、
なにかあったときの抑止力になれば
との義母の深い思いに感動。

 

・秋の香を見つけてうれし三河湾  野衾

 

戦国布武

 

テレビのコマーシャルでいまいちばん好きなのがこれ。
なんかい見てもおもしろい!
「天下統一せんごくふじゃ」
ゲームソフトの名まえらしいのですが、
そっちのほうはとんとうとく分かりません。
が、
「せんごくふじゃ」
お姫様が、
ヴの発音にこだわって
下唇を噛み白い歯を見せこれ以上ないくらい大きく目を見開いてっ
「せんごくふじゃ」
破壊力ばつぐん!
家来たちが
「せんごくふぶでは?」
と問いただしても、
姫は
「無礼者! せんごくふじゃ」
あはははは…
家人は不思議な顔をして、
なんでそんなに好きなの?
と。
なんでって訊かれても
好きなものは好きとしか答えられず…
荒唐無稽というか小っちゃい子がウンコが好きなのと同じというか、
とにもかくにも。
「せんごくふじゃ」

 

・夏草を終日(ひもすがら)刈るをのこかな  野衾

 

象潟の句

 

八月十九日のこのブログに書いたことの追記になります。
疑問に思ったことにかかわる箇所を繰り返しますと、

 

松尾芭蕉がこの地を訪れ、
かの有名な、

象潟や雨に西施がねぶの花

をものしたことはつとに知られていますが、
石碑には、

象潟の雨や西施がねむの花

となっています。
まだ調べがついていませんが、
石碑にはっきりそう書いているということは、
はじめにつくったのは、
「象潟の雨や~」だったのでしょう。

 

以上でありますが、
記憶にもとづいて
「象潟の雨や西施がねむの花」
を記すとき、
写真を撮ってきたわけではありませんでしたから、
確認の意味で、
岩波文庫に入っている中村俊定校注『芭蕉俳句集』(1970)を開けてみました。
その182ページに、
『おくのほそ道』にある「象潟や~」の句のあとに、
同行した弟子の河合曾良の曾良書留にある文言が掲載されており、
それは、
「象泻(潟)の雨や西施がねむの花」
となっています。
それを裏付けとしてブログの文章を書いたわけですが、
二日遅れでわたしの手元に届く八月十八日付『秋田魁新報』に、
にかほ市教育委員会教育次長の齋藤一樹さんが、
「象潟を詠む 16」として
「悲運の美女西施 雨煙る景色に重なる」というタイトルの文章を書いています。
それによれば、
「象潟や~」の句の初案は、
象潟の雨や西施がねぶの花」で、
句碑にはそれが刻まれている云々。
ここでふつふつと疑問が湧きいでてきました。
①わたしが見た句碑の文言は正確にはどうだったのか?
②句碑に刻まれた文言は文言として、そもそも芭蕉の初案はどうだったのか?

 

①の疑問を解決するため、
にかほ市役所象潟庁舎観光課に電話で問い合わせたところ、
折り返し、
象潟郷土資料館の方から電話があり、
句碑の文言は、
「象潟の雨や西施がねふの花」であることが判明。
「ふ」はかつて濁点表記をしませんから、
「象潟の雨や西施がねぶの花」
が正しく、
わたしのブログの記述は誤りということになります。
お詫びして訂正いたします。

 

さて②は。
中村俊定校注の『芭蕉俳句集』では幾度見返しても
象泻(潟)の雨や西施がねむの花
となっています。
校注本の性格からして、
曾良書留の文言はきっとこうなのでしょう。
ところが、
魁の齋藤さんの記述によれば、
蚶満寺収蔵の芭蕉自筆とされる「象潟自詠懐紙」には、
「象潟の雨や西施がねぶの花」
と書かれているという。
ふむ?
曾良が書き損じたか?
でも、それもなんだか考えにくい。
ほんとうのところ、芭蕉先生初案の句はどうだったのだろう。
?????
疑問はさらに深まり、
もうすこし調べてみたくなりました。

 

・手をかざし眉間に皺の炎暑かな  野衾

 

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