アンパンマンとフランケンシュタインとパンの精
ときどき、やなせたかしさんの本を読んでいます。
こんかいは『アンパンマンの遺書』。
その本に、へ~!! と驚くことが書いてあり、
いろいろ考えさせられました。
まずは、そこの引用から始めたいと思います。
「フランケンシュタイン」の映画と原作は大分ちがう。
原作の怪物ははるかに知的で抒情的である。
ぼくは映画の印象が強かったので、
最初に原作を読んだ時、地味な手紙体からはじまることに違和感をおぼえた。
しかし、
この原作者が既婚とはいえ十八歳の少女で、
その孤独で寂しい幼年時代から
読書が唯一の楽しみの文学少女であったことを知った時、
なるほどそうかと思った。
1816年に書きはじめられたこの小説の背景には、
ゲーテの『若きウェルテルの悩み』があるとぼくは思う。
当時のヨーロッパの若者に熱狂的に愛読された青春の悲劇は、手紙体で書かれて
いる。
作者メアリー・シェリーは、
この文体を無意識に模倣したのだろう。
よく読んでみるといかにも十八歳の少女の作品という部分が多く、
ぼくは里中満智子さんに
「これは少女漫画の絶好のテーマですよ。かいてみませんか」
とすすめたことがある。
怪物はあまりにも有名になり過ぎて、だんだん喜劇的になり、
画面に出てきただけで大笑いという情ないことになり果てるのだが、
原作の方でもどうも奇妙という部分がある。
なんとこの人造の怪物が、
『若きウェルテルの悩み』を愛読して感動のあまり涙をこぼすシーンがある。
他にも『失楽園』や『プルーターク英雄伝』を読む。
要するにそれは
原作者メアリーの幼、少女時代の愛読書なのだ。
読みながらぼくは声をたてて笑ってしまった。
映画の怪物とはまるでちがう。
たしかにぼくのアンパンマンは「フランケンシュタイン」の影響を強くうけた。
そして、フランケンシュタインに、もうひとつ
メーテルリンクの『青い鳥』が重なってくる。
『青い鳥』の中で、チルチル、ミチルが帽子のダイヤモンドをまわすと
いろんな妖精が登場してくるところが面白くてたまらなかった。
光の精や水の精はいかにもという感じだったが、
パンの精というのが出てきたのにはびっくりした。
このパンの精が、しっかりと幼児体験としてぼくの頭脳にインプットされていて、
フランケンシュタインと合体してアンパンマンになった
と思う。
(やなせたかし[著]『アンパンマンの遺書』岩波現代文庫、2013年、pp.199-200)
いまはゆっくり少しずつしか文章を読めません。でも、
それにはそれのいいところがあるような気がします。
『アンパンマンの遺書』がおもしろかったので、
それに導かれるようにして、芹澤恵訳の『フランケンシュタイン』
を読みはじめました。
流麗な文章にぐいぐい曳かれていきます。
内容もさることながら、翻訳がいいのでしょう。日本語としてよどみがない。
と、そこでふと思いつきました。
『入江泰吉 万葉花さんぽ』という写文集もちょっとずつ読んでいますが、
文章は万葉学の泰斗・中西進。
『アンパンマンの遺書』『フランケンシュタイン』『入江泰吉 万葉花さんぽ』
と並べると、なんの関連もなさそうですが、
何を感じたかといえば、それぞれの文章のテイスト。
それぞれの文章が、一定のリズム、テンポ、
さらに言えばメロディ
と呼んでいいような音楽に比せられるものを有しており、
それに身をゆだねることが、
なんとも心地いい。
本はいいなぁ。
いろいろな本をつくって来たけれど、
結局のところ、そこのところを意識しながらの仕事だったかな、
と、今になって思います。
どんなジャンルでもいい、
内容にかんがみ、身をゆだねてもらえるような文章をととのえること、
編集者の仕事とは、それに尽きるような気さえしてきます。
(入江泰吉の「吉」の上の部分は「士」ではなく「土」)
・残暑避け朝と夕とにぼちぼちと 野衾

