ことばの海

 

宮田恭子さん編訳による『抄訳 フィネガンズ・ウェイク』(集英社、2004年)
によって、
ジョイスさんの『フィネガンズ・ウェイク』に、
いかに多くの過去の作品が流れ込んでいるか
を思い知らされるわけですが、
ふと、
原子朗さんが書かれた『宮澤賢治語彙辞典』のことを思い出しました。
本棚の手に取りやすいところに置いてあって、
ときどき手を伸ばし、
よいしょ、
と棚から抜き出してはパラパラ頁をめくって眺めます。
こちらは、
賢治作品に登場する主な語彙に関する辞書で、
ひとつの作品でなく、
全作品に亘ってのものであることが凄い。
と、
そうなると…。
つらつら慮るに、
ジョイスさん、賢治さんは著名な作家ですが、
作家に限らず、
古今東西の、
これから生まれて来る人もふくめて、
あらゆる人間について『○○語彙辞典』というのが作れることになるのでは、
と、
そんな想像すら浮びます。
大槻文彦さんが編纂した辞書に『言海』があります。
その後増補改訂され『大言海』。
金田一京助さんが編纂したのは『辞海』。
中国の辞書にすでに『辞海』がありました。
『言海』『辞海』。
「言」も「辞」もことば。
まさにことばの海。
生きることはことばの海を泳ぐことかな。
いや泳がせてもらっているのかな。
おかあさんのお腹のなかで、何十億年のいのちの海を泳ぎ、
おかあさんのことばを耳で、
からだで聴いて安らぎ、
和らぎ、
とつきとおかを経てこの世にやってくるのかな。

 

・うつの日の底の流れの澄みゐたり  野衾