こんな連想も

 

いつからか…、なんて書き出しましたが、実ははっきりと覚えていて、
高校の教員をしていたころのこと、
三年生のための一泊二日の卒業修養会の帰りのバスのなかで観たのがきっかけで、
『男はつらいよ』が好きになったのでした。
以来、
ことあるごとに観てきました。
どうにも精神状態がよくないときに、
土日をかけぶっつづけに八本のDVDを観たこともあります。
わたしにとりまして、寅さんは、じわり、
精神の漢方薬、かな、と。
さて。
第22作『男はつらいよ 噂の寅次郎』に、
寅さんが静岡県島田市にある蓬莱橋(ほうらいばし)を渡るシ-ンがあります。
季節は秋。
ホームページによりますと、
蓬莱橋は、
大井川にかかる日本一長い木造の橋。
全長897.4メートル。
橋上、大滝秀治さん扮する坊さんと寅さんがすれ違う。
坊さん、振り向きざま
「もし。旅のお方。まことに失礼とは存じますが、
あなたお顔に女難の相が出ております。お気をつけなさるように…」
と告げます。
寅さん、あわてずさわがず、
「わかっております。物心ついてこの方、そのことで苦しみ抜いております」
二人は反対方向に歩一歩と離れていく。
こころに残る名場面。
とこう、
また寅さんのことを思い出して書きましたのは、
ただいま小学館から出ている『新古今和歌集』を読んでおりまして、
順序としては、
そのなかの953番の藤原定家さんの歌によって、
連想が喚起されたからであります。
その歌というのは、

 

旅歌たびのうたとてよめる

という詞書が付された

旅人の袖そで吹きかへす秋風に夕日寂さびしき山の掛橋かけはし

 

というもの。
校注者である峯村文人(みねむら ふみと)さんの訳は、
「旅人の袖を吹き返している秋風の中で、夕日が寂しくさしている山の掛橋よ。」
となっています。
峯村さんのコメントとして、
「旅人が、夕日のさす山の桟道《さんどう》を、
秋風で袖をひるがえしながら渡っている。
夕日の色が、孤独な旅人の姿を浮彫にしている感がある。」
建久七年(1196)九月の「百二十八首和歌」中の秋の歌の一首ということですが、
峯村さんのコメントともあわせ、
八百年のときを超えて、
さびしい旅人の姿がほうふつとなり、
すぐに寅さんのシーンが思い出されたのでした。

 

・境内のうずくまる背に蟬の声  野衾