古今和歌集と紫式部

 

古今和歌集の694番は、

 

宮城野の本荒の小萩露を重み風を待つごと君をこそ待て

 

片桐洋一さんの通釈は、

 

宮城野の名物である本荒もとあらの小萩が、葉に置いている露が重いので堪えきれずに、
その露を落としてくれる風が吹くのを待っているように、
私はあなたをお待ちしていることです。

 

この歌に関し、
片桐さん、こんなことを書いています。

 

『源氏物語』桐壺の巻において、桐壺の帝が亡くなった更衣の母を弔問するとともに、
幼い光源氏を思いやって贈った、

宮城野の露吹き結ぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ

という歌は、あまりにも有名である。
「宮城野」「露」「風」「小萩」というように、
当該古今集歌のキーワードをすべて備えているとともに、
「宮城野」に宮中を、
「露」に帝の涙を、
「小萩」に光源氏の君を、
「風」に厳しいその人生の意を含ませているという、
まことにみごとな歌になり得ているのである。
(片桐洋一『古今和歌集全評釈(中)』講談社学術文庫、2019年、pp.712-714)

 

こういうところを読むと、
紫式部が古今和歌集をいかに読み込み、味わい、自家薬籠中のものにしていたか
が分かります。
古今和歌集に限らず、
中国古典もふくめ多くのものが流れ込み、
それが深く地下水となり、
豊かに『源氏物語』を育て浮かび上がらせたということでしょう。
それをひとつの作品に仕上げたところに、
紫式部の類まれな才能がありました。

 

・はたたがみ道来て道に迷ふかな  野衾