過去と現在

 

飯田蛇笏の句集『心像』に、

 

洗ひ馬脊をくねらせて上りけり

 

という句が入っています。
蛇笏は1885年生まれですから、
昭和17年作となれば、57歳でしょうか。
この句を目にしたとき、
川で体を洗ってもらった馬の、道に上がってくる姿がありありと目に浮かびました。
蛇笏はその頃実際に見たのでしょう。
しかし、
数十年の時を経てこの句をいま目にするとき、
わたしが子どもの頃に見た馬が目の前に現れるような気がします。
それからこうも思いました。
写真や記録にはのこっていなくても、
思い出を
過去のものとしてではなく、
現在において詠むことはできる、
言葉を用いてならそれが可能なのだなと。
川で体を洗ってもらった馬は、
ほんとうに背をくねらせて川べりの道に上ってきます。
「けり」も効いているなぁ。

 

・東(ひむがし)の秋を彫りだす暁烏  野衾