南原–ヒルティ–ダンテ

 

昨年、
南原繁の『わが歩みし道 南原繁―ふるさとに語る』
をおもしろく読みましたが、
そのなかに、
南原が若き日に読み
生涯の愛読書であったものとしてヒルティがあげられていました。
ヒルティか。
なので、
とりあえずヒルティの『幸福論』を読み始めました。
共感したり、
耳の痛いことが書かれていたり、
内面のふるえを吐露しているようで
にわかには測りかねるところも多々ありながらではありますが、
しずかに読み進めていたところ、
「内面的な人生行路のすぐれた寓喩的表現」
についての記述がありました。
そこに、
「しかし何といっても最も美しいものは依然『神曲』である。
すでに人生の経験を積んで、かなり成熟した年齢にさしかかったとき、
心ある人間が読むべき最上の書物である」
と。
そうですか、『神曲』ねえ。
ダンテか。
でもまぁ、
還暦はたしかに過ぎたけど、
成熟した年齢かどうか定かならず、
ましてじぶんが人生の経験を積んだなんてとても思えない。
とは言い条、
「最上の書物」
という言い方は気になります。
岩波文庫の『神曲』は山川丙三郎訳で、
山川が新井奥邃の門人であったというゆかりもあり、
若き日に理解の程度はともかく、
読むことは読みました。
あれからずいぶん時間がたってしまいました。
「われ正路(ただしきみち)を失ひ、
人生(ひとのよ)の羇旅(きりょ)半(なかば)にあたりてとある暗き林のなかにありき」
と山川訳は始まりますが、
同じ空なのに、
若き日といまではちがって見えるように、
ダンテの言葉も
ちがったふうに響いてきます。
ベアトリーチェ。
再読するのにちょうどいい時節かもしれません。

 

・初景色未生以前に見たるかな  野衾