夢に倍賞千恵子

 

 二日酔い早く起きよとホーホケキョ

会社が入っているビルに戻ると、朝から催し物のために来ていた高校生らがあちこちでたむろし、高校生のクセに煙草をすぱすぱ吸って、灰は撒き散らすは、高調子でくだらぬ話に興じるはで、馬鹿野郎この野郎死んじまえと思いながら、エレベーターを使わずに階段を上っていったら、ものすごい数の人間が避難していて、避難しているところをみると、どうも何かあったらしく、わたしはどこへ向かっているか分からぬままに急いでいた。そうだ。教室に行ってみようと思い立ち、さらに上階へ向かうと、ベージュのコートを身にまとった武家屋敷が、雨が止んできたからこれから家に帰りますなど言い、あ、そ、俺は帰らねーよ、で、小さな和室にたどり着くと、そこに倍賞千恵子がいた。おばちゃんも。倍賞千恵子は今ほど年取ってなく、かといって、寅さんシリーズの第一回に出てきたほど初々しくはなかった。
そばに寄るといい匂いがし、ぼくは思わず倍賞千恵子を抱きしめた。思ったよりも肉感があって、押し返してきた。嫌がる風ではない。いい匂いはまだ続いている。体を離したら、左上の犬歯が虫歯だったのを思い出し、摘まんでみたらぐらぐらしだし、倍賞千恵子に気づかれぬようにそっと抜いた。そうしたら、一本抜けたことにより、連鎖したのか隣りの歯もそのまた隣りの歯も抜けてきて、全部抜けてくるような心もとなさを感じた。ふと見ると、どこから現れたか老婆が三人、にやついて、体操とは思えぬ体操をそれぞれ行っている。光は少し変化したようだ。ぼくは行くべき場所も、目的も、すっかり失念していた。

 保土ヶ谷の谷に木霊すホーホケキョ  野衾