うねりと波頭

 

・霧深し谷の緑の静かなり

写真集『北上川』がいろいろな方に褒められ、
その度に、
担当編集者としては鼻が高いのですが、
うれしく誇らしく思うのは、
わたしの自意識で、
意識下のいのちの流れはどっぷりとたゆたって、
それとは無関係に静かの海へ流れていくようです。
あの写真集は、
わたしが病気から回復するときにつくったもので、
択びも並びも、
いのちの脈動そのままに、
すっすっと決まった気がします。
あまり考えてつくったものではありません。
写真家の橋本さんから休日電話がかかってきました。
曰く、
あらためて『北上川』を眺めていたら、
写真の並び、
とくに、
大竹昭子さんが
日経新聞に取り上げてくださった写真からつづく
五枚の写真の並びが素晴らしいと。
わたしも棚から『北上川』をとって、
さっそく開いてみました。
たしかに、素晴らしい。
そうしていたら、
不思議な感覚に襲われました。
この写真集の担当編集者はわたしだけれど、
この仕事をしたのは、わたしではない。
ふつうは頭で考え、
指で仕事をするのだけれど、
この仕事は、
いのちのうねりそのものが考え、
波頭が指となって働いた仕事なのだ。
その感じは、
『新井奥邃著作集』をつくったときの感じに似ていると思いました。

・初夏の風流れの底の香りかな  野衾