Archives : 4月, 2008

座る訓練

 瞑想会眠気邪念の卯月かな
 この26日から昨日29日までの4日間、日本禅密気功研究所江戸川本部にて行われた瞑想会に参加してきました。
 午前10時から午後5時半まで、昼1時間半の休憩時間をはさみ、ひたすら座りつづけ。
 ただ座ることが肉体的にも精神的にも、こんなにつらいものだとは思いませんでした。
 ふつう、座るというのは目的ではありません。座って本を読むとか、食べるとか、話を聞くとか、テレビを見るとか、何かをするために座るのですね。
 ところが、何の目的もなく(まあ、瞑想が目的といえば目的ですが、この瞑想自体がよく分かりませんからね)座るために座る、とでも言いましょうか、こうなると、ほんとに目をつむった瞬間、意識はふらふらさまよい始めます。まさに邪念、雑念の嵐! むかし中国では雑念を野の猿や馬に譬えたそうですが、ほんとに頭の中で競争をしているようです。おいおいおい…。困りました。
 朱剛先生の「吐く息に合わせて気を下腹部に流」すことを思うのですが、それがなかなか、思うようには行きません。
 初日の1時間が終わった時、これで4日も持つのかいなと不安になりましたが、終わってみると、何でもそうだと思いますが、あっけなく、爽快感と達成感だけが残りました。
 ただ座るだけなのに、全身の筋肉がバランスよくとれていなければ、あちこち痛み出します。痛み出してきたら、とても瞑想どころではありません。また雑念、邪念は仕方ないとしても、それをやり過ごすくらいの心的状態になっていないと、できないことかもわかりません。
 座ることがこんなにも積極的な行為だとは思いもしませんでした。澤木興道さんの座禅の本も読みかえしてみたくなりました。
 気功をはじめて450日が過ぎましたが、日々続けていたおかげで、この4日間をなんとか乗り越えられたのかなと思います。
 それと、思いますのこの「思い」、なんなんでしょうね。毎日繰り返している「思う」こと、これについても考えさせられました。

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三択

 春の雨泰山青く霞みけり
 木曜日は気功の日で、昨日がその日。7時から始まるので、木曜日はいつも横浜駅の地下にある回転寿司屋でいくつか寿司を摘まみ、腹ごしらえをしてから会場に向かう。
 このごろは、店員さんたちが顔を覚えてくれて、マニュアル以外の言葉をかけてくれたりする。椅子に座って、いつものように好物のカニ汁を頼んだ。わたしは、海老よりも断然カニ派だ。ほかにアラ汁、青ノリ汁もある。青ノリ汁は磯の香りが利いて、食欲がほどよく刺激される。アラ汁はまだ頼んだことがない。
 わたしが5皿ほど平らげた頃、となりに下くちびるが異様に飛び出た(腫れ上がったと形容したいぐらいの)おばさんが来た。若い男の店員が、傘はこちらに、荷物はテーブルの下に置いてください。後ろの棚にも置けます、と、マニュアルどおりのことをおばさんに伝えた。「あ、そうなの。じゃ、こちらに置かしてもらうわ。ちょ、ちょ、ちょっと。ちょっと。味噌汁は美味しいのある?」。店員、「……」。「美味しい味噌汁ある?」。「アラ汁、カニ汁、青ノリ汁の3種類ございまして、お好みにより…」。「どれが一番美味しいの?」と、くちびる、なかなかしつこい。店員、マニュアルどおりが通じないと判断したのか、「アラ汁が先に無くなってしまいますから、アラ汁が美味しいかも分かりません」。すると、くちびる、「そうなの。じゃ、わたしはカニ汁をいただくわ」。いただくわって、あーた…。くちびる、なかなかやる。おいら、思わず茶をこぼしてしまった。

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矛盾

 ホーホケキョ正しくそう鳴く庭の声
 編集者を募集していて、面接を重ねてきたが、その際応募者に必ず言うことばがある。
 悪いこと言わないから、編集者はやめたほうがいい…。
 矛盾だ。あははは…。募集しておいて、それはないよ。そうなんだよね。そうなんだけど、言わずにおれない。
 斜陽産業である出版社の、けして実入りのよくない編集者に、明日のある若者がなんでわざわざなろうとするか。やめときなよ。別に戦略として、そう言っているわけではない。紅顔の美少年美少女を前にすると、つい。いえ、それでも編集者になりたいんです。そうか。病気だな。はい。そこまで言われたら、止めることはできないわな。
 先年亡くなった師匠・安原顯さんの、編集者は合わない仕事だよ、のことばが忘れられない。

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鉢割り犯人

 お尻叩くな桃太郎が生まれるぞ
 月曜日出社したら、ベランダの鉢が割れ、辺りに土が散乱していた。前の日曜日、業者が入って床と窓の掃除をしたはずだから、その際、脚立に上がって作業をしていて、下りる時にでもグシャッと踏んづけたのかもしれない。毎日社員が世話をしていて、花にも鉢にも愛着があるけれど、割れたものは仕方がない。
 それにしても、メモも何にもなく、詫びの電話一つないというのはどうしたものか。割れた鉢を見ているうちに、だんだん腹が立ってきた。
 ビルの管理人に連絡し、その旨を伝えたらすぐに飛んできた。現状を伝え、清掃業者に連絡をとるように頼んだ。しばらくして、また管理人がやってきた。清掃業務に入る時に、鉢はすでに割れていましたと業者が言っているという。ここで、あちきの堪忍袋の緒は切れた。
 すでに割れていましただと。てめーが割らずにだれが割ったというのさ。前日の夕方、ちゃんとなっていて、休日はビル全体が休みで、てめーらだけがビル内に入ったんじゃねーか。え。それともなにかい、3階のベランダに縄梯子を掛けて侵入したこそドロでもいて、そいつが鉢を割ったとでも言うのかい。百歩譲って、「すでに割れていた」としてもだ。なんでそんな普通の状態でないことを、管理人、あるいは俺たちに伝えないのさ。言われて初めて「すでに割れてました」で済むか、馬鹿たれが!!
 というようなことを、管理人に言っても仕方のないことだが、むしゃくしゃしたので爆発した。業者にそう伝えてくれと言った。にもかかかわらず、いまだ、詫びの一言、いいわけの一言も言ってこない。とんでもねー野郎だ! ただじゃおかねえ!!

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エラ・フィッツジェラルド

 新緑や癒えぬ怒りをいかにせん
 このごろ、このCD(下の写真)をよく聴いています。
 わたしは、悪い癖だと思っているのですが、女性の場合、小説でも音楽でも、顔が自分の好みに合わないとなると、だいたい避けて通ってきました。だから、いくらいいと言われても、宮本百合子は読みません。田辺聖子もほとんど読まない。
 音楽で言うと、ビリー・ホリデーは聴く、アニタ・オデイは聴く、クリス・コナーは聴く、ダイアナ・クラールは聴く、といった具合。聴かないのは、サラ・ボーン、ダイアン・シュア。最たるものがエラ・フィッツジェラルドです。いや、でした。それなのに、このごろはサム・クックと同じぐらいの頻度で聴いています。
 顔について、どうでもよくなったというわけではありませんが、声を聴いているうちに、この人はよほど性格のいい人なんだろうなと、勝手に思ってしまいます。そうなると、けしてタイプではありませんが、親しみの持てる顔だなあと思えてくるから不思議です。
 性格の悪い人は声に出ます。意地の悪い人は、(タバコの場合もありますが)だいたい声がノドに引っ掛かるんですね。いい声の意地悪な人というのは聞いたことがありません。腹でなにかたくらむと声帯がしぼむとか緊張するとか、そういう体の反応があるのかも分かりません。
 とにかく、エラ・フィッツジェラルドの声、歌を聴いていると、いい気持ちになります。音量を大きくするとジャズボーカルの醍醐味を味わえますし、小さくすればしたで、子守歌のようにやさしく包んでくれます。

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三浦衛(みうら・まもる) 春風社代表にして自慢大王&悪ノリ大王。体調のいいときは自らを天才と称し、不調の折はちりあくたにも劣るヤツとしょんぼり。

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三浦衛の本


『カメレオン』
 三人ときどき声にならぬ声を洩らし/とろけ とろけ 唾までとばし/クヂるとナメるとネヂるとチョす…(「鳶」) 自在に色を変え、不意に突き刺さる、軽妙なことばの戯れ。秋田方言満載の詩集。本文は金属活字による活版印刷。


『マハーヴァギナまたは巫山の夢』
 三平佐世夫は、千一夜の夢うつつで女と戯れ、印度に旅し、睾丸を抜かれ、鰐を飼い、横浜を彷徨う。言語の崖っぷちを綱渡りする、めくるめく冒険。本文活版印刷に美麗造本を施した平成の大奇書。


『父のふるさと』
 父の目に映じた故郷の風土、ひと、くらし、農事を、愛惜をこめ描きだす。本文は金属活字による活版印刷。「身と蓋函」に納める。


『出版は風まかせ』
 横浜の出版社「春風社」社長が本づくりと会社経営にまつわるエピソードを豊富におりまぜ、創業から10年を振り返る。