こりきんだ

 春の虹降り来る吾子の三輪車
 哲学者・西田幾多郎の評論集を校閲していて、つぎのような文章に出くわした。
 此頃のような春の日であって見れば、野は一面が緑となり所々に名も知らぬ小さき花が咲き揃い、昼はこりきんだ雲雀が青空をけって転づるのも爽快であるが、夕に穏なるなつかしい月がぼんやりと山の端にかかって居るのは何ともいわれぬ景色である。
 全体としては春の情景を描写したもので、とくにわかりにくい文章ではない。ところが、何度読み返しても分からない言葉がある。「こりきんだ」。なに、こりきんだって? こりきんだこりきんだこりきんだこりきんだこりきんだ…。助動詞か?
『大辞林』を調べてみたが、出てこない。ふむ。栗きんとんみたいなもの? それとも、おしゃまんべ。北海道の地名でおしゃまんべ、というのがある。その付近の地名だとか? コリアンダーは関係ねーしな。芋ヨウカン? ちがう。ははは…。語のひびきからだけの連想です。ふむ。冗談はさておき、いずれにしても、意味が通じない。出身地金沢の方言でもあるまいし…。
 どうにもこうにも考えあぐね、同じ著者のものを以前担当したことのある編集長ナイ2に聞いてみた。するとナイ2、前にもこの文章を見たことがあるという。やっぱり悩んで、岩波から出ている『西田幾多郎全集』にあたってみたそうだ。エラい!! その結果、誤字でなく、やっぱり「こりきんだ」となっていた。そこでナイ2、著者にも確認し、それが「小りきんだ」であることを知った。
 小さく力むで「こりきんだ」か。程度が軽い意味の「小」ね。「小降り」「小競り合い」「小突く」などがある。でも、小りきむなんて言うか。少なくとも、わたしはこれまで聞いたことがない。
 でも西田先生のことだ。ひばりが青空をけって転ずる姿が「小りきんだ」ように見えたのだろう。一件落着。

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