フルムーン

 夢うつつ入れ替わりたる桜かな
 ピナ・バウシュヴッパタール舞踊団の公演「フルムーン」を見た。
 舞台に大量の雨が降り、それが川となり、流れていく。行く川の流れは絶えずして…。愚かしくも可愛い人間。遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん…。そんな古風な言葉が脳裏をかすめる。
 生きていることの切なさ、喜び、哀しさ、互いの理解の困難さを感じながら、それでも、OK!と告げられている気がした。
 石畳雨に花びら散りて咲き

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 霞立ち旗日に旗の揺れてをり
 日本で本を数冊出しているアメリカ人の作家から問い合わせのメールがありました。語学が堪能なナイ2君に英語で返事を書いてもらい送信、めでたしめでたし。
 この「よもやま日記」、どこで読まれているかわかりません。世界六十億のよもやまファンの皆さん、こんにちはー! ってか。
 冗談はさておき、そのアメリカ人の作家さんですが、この日記にこのごろ何度か登場したりなちゃんを、わたしの娘と勘違いしたようでした。勘違いして、ずいぶん褒めていただきました。
 なんの説明もなく、ポコッと写真だけ載っているわけですから、勘違いしても当然です。
 りなちゃんは、保土ヶ谷の自宅の近くのお子さんで、天才です。なにがって、まだ未分化ですが、ただただ天才なんです。間違いありません。
 そのりなちゃんが、わたしの娘!! うれしい勘違いで、一日ホコッとした気分でした。りなちゃん、ありがとう。いや、アメリカの作家さん、ありがとう。

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ダスキン

 奥山のぼうと霞んで花粉かな
 二週間無料でお使いくださいということで、大小二つのモップを置いていきました。
 首のところがカクンと折れ曲がるので、とても便利!! 蛍光灯の傘や冷蔵庫の下、オーディオの後ろをモップで撫でると、あ〜らら、こんなに埃が積もっていたのかと、面白いように取れます。テレビでコマーシャルしている通りです。
 花粉症やハウスダストが花盛りの今、ダスキンの利益はますます上がるでしょうね。会社もしぶとくやっていれば、世の中の風向きが変わって好調になるという、いい例かもしれません。
 ブルーベリーアイ、ウィルコムにしても、好調な企業はそれだけ努力しているということでしょう。
 沈丁花なにやら哀しき香りせり

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馬糞の話

 ひくひくと赤子泣くごと花粉症
 男鹿に嫁いだ叔母さんから聞いた話。
 叔母さんが小学校時代、家に帰ってくる途中、学校に通っていない智恵遅れの男(わたしの近所に智恵遅れの男が二人いて、一人は大人しく、よく坂道でスピードを落としたバスのバンパーにつかまって走っていました。もう一人のほうは少し乱暴者のようでした。叔母さんの逸話は乱暴者のほうです)が、馬糞の上に座り、馬糞を千切っては投げ千切っては投げしてきたというのです。
 今、書きながら思い出したのですが、あれは、叔母さんが小学校時代のことではなく、高校生ぐらいの時だったかもしれません。ああ怖かった怖かったと言って帰ってきて話したのを聞いたような気がしてきました。思い出というのは変ですね。いずれにしても、まだお嫁に行く前のことです。
 花粉症ハゲまで痒くなりにけり

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気流

 春風を孕み洟垂れ又三郎
 ガラガラっと音がして、向こうの車輛からこちらの車輛へ移ってきた、30代でしょうか、男の人がありました。ドアの近くに座っていた人たちは一斉に眼を上げました。
 男はドアを閉めずにそのまま真っ直ぐ車輛の端まで歩いていきました。わたしもつられて、男の移動するラインを飛行機雲を追いかけるように眼で追いました。
 男が立ち止まったのを確認し、首を元の位置に戻すと、そばの人たちも同じように眼で追っていたのか、ほぼ同時に元の姿勢に戻ったようでした。
 気が流れ、気が収まったようで、ちょっと面白かったです。

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春風駘蕩

 風はらみ宙に億兆馬糞かな
 子供時代、ですから、今から40年以上前になりますが、秋田のほとんどの農家では馬や牛を飼っていました。自家用車などまだ持っていない頃のことです。
 小学校の行き帰り、自動車が走る代わりに、馬車がゆっくりのっそり行き交っていました。スピードがそんなにありませんから、ランドセルをガタガタさせて走っては、荷台の後ろにつかまり、しばしいっしょに小走りしたものです。
 馬車は、馬に曳かせます。馬は動物ですから、したいときに糞をします。ところかまわずです。道端には、よく馬糞が転がっていました。馬は草食性ですから、糞といってもそんなに臭くなく、汚いといった印象もあまりありません。
 春になって雪が解け、乾いた風が吹いてくると、ぬかるんだ土が乾いてパンパンに白くなり、フキノトウが芽を出します。美空ひばりさんではありませんが、おらだぢのいぢばんすぎなきせづだなや〜、というわけです。
 乾いた土は宙に舞い、目を開けていられないこともありますが、乾いた土といっしょに、乾いて粉々になった馬糞も宙に舞い上がります。
 土と馬糞で空が真っ白に、などということはありませんが、秋田の人は皆、馬糞を吸って大きくなった、と教えてくれたのは、高校の日本史の先生でした。
 花粉より馬糞取り込み秋田びと

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 グループ全体のパーティーがあり、わたしは少々遅れて会場に到着した。式はすでに始まっていて、乱雑に脱ぎ捨てられた靴を除けながら、わたしは部屋の後ろに行き、社長を始め、お歴々の挨拶を聞くともなくぼんやり聞いていた。
 眠くなるような第一部がようやく終わり、会場をホールに移し、いよいよパーティーということになった。
 第一部の部屋からどっと人がいなくなり、頃合を見計らって、わたしも上の会場に行こうとした。ところが、いくら探しても、わたしの靴がない。似た靴はあっても、わたしのものではない。あとに居残った人たちがいっしょに探してくれたけれども、やはり、どこにもない。あるのは惨めで、みすぼらしい、革のなれの果ての靴どもだった。
 仕方なく、裸足でホールに向った。どうしたの。靴がないんだ…。
 パーティーは前半が終了し、休憩時間に入るようだった。社長と専務が近づいてきて、近頃の若者の勤務態度がどうのと言い、意見をもとめる風であった。傾いだこころと体を無理に伸ばして、わたしは自分の意見を言った。あら、それは前にあなたが言ったことと違うんじゃないかしら、と専務は腕の包帯をさするような仕草をしながら言った。いつ怪我をしたのだろう。社長は、専務の腕をかばうような目でじっと見た。
 なんだかつまらなくなって、わたしは二人にお辞儀をし、宙ぶらりんのまま身を持て余した。
 ありましたよ、ほら。いとこのM君だった。笑顔で差し出された手に握られていたのは、まぎれもなく、わたしの靴だった。どこで見つけたの? M君は、いいからいいからと言って、わたしが靴を受け取ると、会場のどこかへ消えてしまった。
 どういうわけだか、涙がにじんできた。それと、どの人にもなにか十分に接してこなかった気がして、そのことが、なんだかとても悔やまれるようだった。涙は、そのこととも関係があるようで、ぐじゃぐじゃになった。
 やがて休憩時間が終わり、パーティーは最後のプログラムへ移ったが、あとのことは覚えていない。

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