ローリング・ストーンズ

 朝、桜木町駅で電車を降り、晴れた日には少しだけ遠回りになるが「みなとみらい」方面に出て、紅葉坂の交差点に向かうようにしている。ランドマークタワーをはじめ高いビルが次々と林立し、せっかくの広々とした景色が失われていくのは残念だが、空までは失われていない。ユニクロの前には色とりどりのパンジーが咲き、前を見、ふつうに歩いていても強い香りが鼻先を刺激する。
 京浜東北線のガードをくぐり交差点に立ったとき、斜め後ろから聞き覚えのある音が大音量で聞こえてきた。振り返らなくても、赤信号を前に居並ぶクルマのいずれかから洩れていることは明らかだった。ここは横浜だし、横浜銀蝿みたいなクルマでもいるのかなと想像した。振り返るのは面倒臭かった。
 わたしも赤信号で足止めを食らいながら、後ろから来る音を聞くともなく聞いていた。あぁ、ローリング・ストーンズの「ブラウン・シュガー」だとピンときて、わたしはやっと後ろを振り向いた。わたしの位置から三台後ろの、窓を閉めきったクルマからそれは流れてくるのだった。運転手はと見れば、ハンドルを両手で握りながら曲に合わせて太目の体を揺すっている。同時にクルマも揺れている。先日の来日コンサートの余韻にでも浸っているのか。
 信号が青に変わり、わたしは横断歩道へ進み、「ブラウン・シュガー」のクルマはと見れば、ミニスカートの女性がこれ見よがしにお尻を振り振り歩くような格好で左右に揺れながら紅葉坂をブルンブルン上っていった。