大菩薩峠

 言わずと知れた中里介山の未完に終わった怪物のような長編小説。今なら筑摩文庫で全20巻か。なぜ怪物か。長さにおいてはもちろん、面白さにおいて、着想のユニークさにおいて、なんでもあり加減において。デンブデンブと白いものが浮いている沼に下りていったら、それは女の尻であった、などというのは、笑うべきところなのか怖がるべきところなのかよくわからないが、とにかく、介山恐るべしなのである。
 賢治は『大菩薩峠』オマージュの詩を書いているし、島尾敏雄は新聞に発表されていた時代から切り抜いてそれようのファイルを何十冊も作っていたというではないか。とにかく、ものすんごく面白いから、わたしはある時から会社で皆に読め読めとさかんに薦めるようになった。文章のノリ、テンポのよさ、スピーディーな物語の展開、講談調の名調子を味わうだけでも意味があると思ったからだ。それに答えて、さすが春風社、みな読み始めた。そして皆、おもしろいおもしろいという。ところがいかんせん長い。長過ぎ。怪物のような小説であって『失われた時を求めて』よりも長い(たぶん)。であるから、なかなか完食ならぬ完読、読了までには至らない。結局わが社で読み終えたのは、今のところ、たがおのみ。あとはみな途中まで。きのう尋ねたら、営業のOさんが14巻まで読んだそうだ。えらいっ! 「どうだ」「はい! おもしろいです!」「そか。えらいっ!」
 というわけで、わたしの最大の愛読書なんだす。編集者募集も終わったことなので明かすと、「好きな本は何ですか」と質問し、「介山の『大菩薩峠』です。全巻一気に読みました」なんていうつわものが現れたら、一発採用かも知れない。いや、ほんとに。小社の募集は不定期なので、就職活動をされている皆さんにとっては、なんとも心もとない話とは思うが、就活は置いといて(無理か)だまされたと思って読んでみてくださいよ。ほんとにほんとおもしろいから。日本にこんなおもしろい小説があったかというぐらいにおもしろいから。それにしても長い。