飯島さんの詩

 飯島耕一さんの本を用意(担当はナイトウ)していて、先日、一篇の詩ができたからこれも追加して欲しい旨の手紙が社に届く。「砦」と題されたその詩の中に出てくる「精神も足も一歩一歩」というところで泣けてきた。
 羽のように軽く華やいで見えるひとのこころの底はどうだろう。むしろ、すれ違うバッファローのようにずんずん坂を下りてくるヘソ出しの女の子やFスーパーでまつげを真っ黒にして働いている女の子に、幻想であっても勝手な共感を寄せているのだ。
 言葉はこころと体をつなぐ枝のようなものかもしれない。土からの養分を樹液として葉の一枚一枚まで送り届け、葉はお返しに光合成を繰り返し、木に必要な養分を空中から取り込む。枝振りがよくなくては木も葉も花もない。いや、たとえるならば、言葉は土からの養分であり光合成のためのひかりとすべきか。養分かひかりか分からないけれど、生きていくのに必要なものを取りこみ、精神と足を一歩一歩、前に進ませなければ。飯島さんの詩はそんなことを感じさせ、考えさせてくれた。