ピンク

 とぼとぼと歩いていた。ふと見上げると、階段の上のほうをミニスカートに黒いストッキング姿の女の子がいる。女子中学生や高校生は、よくカバンで後ろを隠しながら階段を上っているが、隠さなくたってそうそうスカートの中まで見えるものではない。鏡を使うなどもってのほか、体力も気力も勇気もこちとら持ち合わせていない。
 話が逸れた。くだんのミニスカートの女の子(顔を見てないので「子」かどうかは分からない)だ。ストッキングは太腿ぐらいまでの長さで必然、ミニスカートとの間の裸の太腿が見える。それはそれでわたしの目を楽しませてくれたとしても、眼を剥くまでには至らなかったはず。
 わたしの目が奪われたのにはわけがある。ストッキングの端、太腿にきつく当たる部分が目にも鮮やかなピンクだったからだ。ミニスカート、黒のストッキング、端がピンク、裸の太腿。しかもピンクの部分はどうなっているのか、片脚が7、8センチほどの厚さと思われるのに、もう一方の脚は5センチほどで、あれは意識してバランスをくずしているものなのか。訊くわけにもいかず、へぇーと思って、その時は見遣っただけで終わった。
 ホームで電車を待ちながらきょろきょろしたが、ピンクの子はどこにも見当たらなかった。ほどなく桜木町止まりの電車が来て、ドアがわたしの前で止まり、降りる客がすべて降りた後からポンと乗った。一駅だから立ってたってかまわないのだが、日の当たるシートを選んで座った。体をねじって外の景色を見ようとしたとき、同じ車輛の端のほうにピンクの子を見つけた。特別な感懐は抱かなかったが、ただ、階段の下から見たときとは全体の印象が違っているように感じた。
 昨日。朝だ。桜木町の駅で電車を降り、芋洗い状態で階段に差しかかり、足下に気をつけて階段を下りた。数段下りた頃、芋洗い状態が少しずつ解消されていく中、階段の先に、若い(たぶん)カップルが身を寄り添わせているのが見えた。相手の男のことはどうでもよく、ぼくの目は黒とピンクのストッキングに釘づけになった。
 階段を下りきっても、ふたりは相変わらず身を寄り添わせている。その瞬間にわたしは気づいた。今の今まで、目にも鮮やかな黒とピンクのストッキングを穿いている子を同一視していたことが大きな誤謬であったことを。
 印象がそれぞれ違っていたのは当然。おそらく三人とも別人物だったろうから。
 最初に目に焼き付いてから、わたしは特定のその子だけのファッションと勝手に決め付けていたのだ。流行なのか知らないが、これから幾度も目にするだろう。愚かな自分をさらしてしまった。それはそれとして、アレの似合う子はそんなにはいないと思うがどうだろう。