トラックバック

 今日は、トラックバック事始め。トラックバックとは何ぞや? リンクの自動作成のことを指す名称である、小社インターネット部長のたがおに訊いたら、そう言った。でも、やったことないもんな、失敗することは厭わないが、関連記事を書きましたってことを、相手がそれと分かるように、相手のホームページに張り付けるわけだから、迷惑になってしまったら嫌だ。
 なんかこのう、おらにも分かる説明をしてくれてるとこ(たがおの説明で充分わかるが、そこはほら、おらも実際にやりたいじゃない)ないかな、と、思っていたら、あった。ろぷさんという人が運営している「もげきゃっち!」。しかも、トラバスパム(この言葉、初めて聞く)という迷惑行為を恐れずに「もげきゃっち!」のページで試してみてください、と、実に懇切丁寧。たとえトラバスパムになっても自分は怒りませんから、と、実にこころの広いお方なのだ。(近いところの文章で「実に」を2回も使いましたが、これなど悪文の典型、校正の対象となる)
 なので、実際にやってみます。
 こんな感じか。ん、………
 どうでしょうか!?
 お、行きました、行きましたねえ。やったあ!
 今回のこの一事でも分かる通り、ろぷさんのサイトは、痒いところに手が届くようで温かく、とても気持ちがいい。ありがとうございました。

東洋と西洋

 詩人の飯島耕一さんから大判の郵便が届く。中にゲラが入っていた。来春刊行される『江戸文学』の原稿中、新井奥邃に触れたが、内容に間違いがないか読んで欲しいとのことだった。
 数頁に渡る紹介の長さもさることながら、内容の素晴らしさ、簡にして要を得た記述に唸った。『知られざるいのちの思想家』と既刊分の『新井奥邃著作集』をお送りしてからまだ三ヶ月にも満たないのに、これほどまで読み込んでくださったのかと思ったら、文字が揺れてなかなか読めなくなった。編集者の内藤君はゲラを読み、開口一番「はじめて新井奥邃が分かった気がします」と言った。
 飯島さんは、バルザックの研究家、翻訳家でもあり、スウェーデンボルグやヤコブ・ベーメの思想にも通暁しておられ、他方、最近では詩誌『ミッドナイト・プレス』に「白紵歌」を連載するなど、東洋思想にも明るい方。また、詩のほうでは、「戦後半世紀の総決算」と絶賛された『アメリカ』を上梓したばかり。
 そういう飯島さんが、荻生徂徠をはじめとする天の思想に触れながら、その文脈で奥邃を紹介し、さらに、今日のアメリカを視野に入れた世界における奥邃の射程に言及しておられる。
 ゲラの最後のほう、飯島さんは、奥邃についてもっと知りたいと仰っている。有り難いことだ。
 『アメリカ』と『新井奥邃著作集』が飯島さんのおかげで太いパイプで繋がった。『著作集』第9巻は今月末か来月初めには出る。最終第10巻にはコール ダニエル先生の労作「聖書との対照表」が入る。
 日本の初代文部大臣の森有礼の指示によりアメリカに渡った日本人・奥邃が身をもって習得した西洋の思想、それが、百年の時空を超え、今ようやく明らかにされようとしている。その端緒が『著作集』ということになるだろう。
 「人間だけが外の思想を学習によって自分のものにできる」とした教育哲学者・林竹二の言葉が不意に思い出された。

ただ生きている

 保土ヶ谷でよく行く小料理千成の大将かっちゃんから聞いた話。
 イカはとにかく揺れに弱い。今は移動用として筒状の水槽が開発され、市場にも生きたイカが、あることはある。値が張るということもあるけれど、それよりも、酸素で無理やり生かされているイカと、獲れたてで七色に輝くイカとでは、同じイカでもイカが違う。だから、自分の店ではそういうイカは出さない。やはり産地で獲れたものをその場で食すのには敵わないからだ。
 料亭でも、老舗なら決して店に水槽は置かぬもの。店の水槽で泳いでいる鯵や鰯を取りだし刺身にして食べさせるところもあるが、仮にその刺身を二時間放置してみなさい、ベチャッとなってとても食えたものではなくなるから。生きがいいことと、無理やり生かされているのとでは意味が違う、云々。
 まだ見ぬ七色に輝くイカがますます神々しく思えてくる。

敗けない

 小社ホームページにコラム「腰振るアリゾナ」を書いてくれている旧友・久保田さん夫妻と、その友達で現在北京在住の堀さん来宅。たまにしか会えないわけだが、会ったとなれば、そこは昔からお互いを知った仲、すぐに意気投合。手料理のおでんで一杯やった。
 三人に会うといつも感じるのだが、とにかく若い。年齢に関係なく若さの秘密があるとしたら、それは、月並みだけれど、どんな状況になっても挫けず、腐らず、よっく見聞きし、人任せにせず自分で考え行動するということに尽きるだろう。三人にはそれがある。
 静かに話していても、聞いているうちに、うーんと唸ったり、さらさらと流れるせせらぎの音に耳を傾けるような、そんな気持ちにさせられるのだ。
 ロバート・フロストという詩人をぼくに教えてくれたのが堀さんだった。目の前に二つの道がある。片方は楽な道、他方は困難な道、でも、敢えて困難な道を選ぶことを書いた詩を、そのままでなく、堀さんが消化した(おそらくかつて感動して読んだのだろう)内容を静かに淡々と語ってくれた。十二年、いや、十三年も前のこと。ひどく落ち込んでいた時期だけに記憶も余計に鮮明だ。
 友達はいいものだ。

神の烏賊

 ええ、社員旅行で函館に行ってまいりました。食った! 見た! 漕いだ!
 まず「食った」のは、函館であるからにして、新鮮な魚介をたらふく食った。
 ウニ、イカ、タラバ蟹、ホタテ、ホッキ、甘エビ、イクラ等々。中でも、朝獲れたてのイカは、テレビで見る度に、ぜひ一度食べてみたいと思っていただけに、貪るようにして食った。こんなに美味いイカは初めてだ、と、店のお兄ちゃんに言ったら、獲れたてを船の上で食べるのはもっと美味いと、あっさり話の腰を折られた。透き通るだけでなく、七色に輝く。それが食べられるのは、漁師だけに与えられた特権なのだと。ラーメンは函館駅近くの「海峡」にて塩ラーメン。最初は皆で食べ、その後の自由時間を利用して、もう一度その店へ戻り、今度は研究のために同じものを所望。店のオヤジが驚いていた。おらのことを完璧ギョウカイ人と思ったみたい。お湯の切り方違ってたもん。
 次の「見た」は、わたしにしてみれば、三十二年振りの函館の夜景。既にインプットされていたせいか、あまり感動はなかった。それよりも、宝石を散りばめたような夜景の横の海が月明かりに照らされ光っていたのが印象的だった。タクシーの運転手の計らいで、新井奥邃ゆかりのハリストス教会を見れたのは予定外。大沼公園に映る駒ケ岳は淡く、優しく、なかなかのもの。
 さて「漕いだ」は、ボートでなく自転車のペダル。大沼公園に着いて、予定では遊覧船で回るはずだったのが、出発時刻のタイミングが悪かったこともあり、シャチョーであるわたしの「遊覧船に頼るような奴は嫌いだあ!」の一声で、全員貸し自転車にて大沼公園を一周。途中、小休止を入れたとはいうものの、延々二時間のコースはきつかったあ。だれだ、自転車で一周しようなんて言ったのはよう、はい、わたしです。面目ありません。普段二時間もぶっ続けに自転車に乗ることがないので、とにかくケツがしこたま痛くなりました、はい。言いだしっぺである以上、あまり苦痛を訴えられなかった。
 ということで、ハードスケジュールな充実した社員旅行であった。次回は、ぜひ船に乗り、七色に輝く神の烏賊を食してみたい。
 幹事のたがおよ、愛ちゃんよ、ありがとう。それから、たがおよ、二日酔いにはソルマックだぞ。

アメリカ

 ふと気付けば、どうしようかな、と、唱えている。恋人と別れなければならなくなった時や結婚を決めた時もそんな風に呟いていた気がするが、今は特別人生の節目というわけでもなく、何か具体的な岐路に立たされているわけでもないのに、どうしようかな、なのだ。
 昨日、民俗学者の谷川健一さんに会って、企画の打ち合わせをしてきた。タイトルを聞いただけで吹き出さずにはいられない傑作企画で、ぜひやろうということになった。でも、とても真面目な内容。谷川さんからいただいた『青銅の神の足跡』を読んでいってよかった。写真家の渡辺良正さんとは初顔合わせ。谷川さんとは四十年来の付き合いとか。谷川さんも渡辺さんも、ぼくと同じトリ歳。その後、一緒にニコンサロンで開かれている西村文一写真展「北緯40度―地球連鎖の風景―」を見に行く。わがふるさと秋田県男鹿半島入道崎の写真もあり、ここが昔ミュージシャンの上田さんと裸踊りをしたところさ、と、同行の社の二人に説明する。
 会社に戻ったら、飯島耕一さんから新詩集『アメリカ』が届いていた。バド・パウエル、セロニアス・モンク、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーンの名が見える。読んでからお礼のFAXをしようと思う。
 湿度の問題のようだ、ぼく自身の。いろいろ本を読んだり、外の世界に触れなおしたり、音楽を聴くには悪くない状態かもしれない。

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陽の匂い

 天気がいいから、今朝は布団を干した。布団叩きでバンバンやるのも程ほどにしないといけないそうで。干した布団にくるまり匂いを嗅いでいるうちに時間がなくなった。ヨダレまで出て、要するに、眠った。今日はこれから新宿まで行ってきます。