このごろ好きなテレビCM

 

「ゴーメットってちょっといい蒟蒻畑なんでしょ」と、ガンバレルーヤのよしこさん。
(たしかに、グルメの横文字を英語風に読み、ゴーメットと言いたくなる)
すると、
「それ、グルメだよ。グルメ」と、ガンバレルーヤのまひるさん。
それを受け、
「グルメだね」と井桁弘恵さん。
ふたりにそう言われ、
もういちど商品の袋を見直すよしこさん、
カタカナでも書いてある商品名を見直して、
「ほんとだー。あはははは」。
このコマーシャル、
わたくし、大好きです。
好きが嵩じて、ひとり三役で演じ、家人に呆れられたりしています。
むかし、
『広告批評』という雑誌がありました。
主にテレビのコマーシャルを取り上げ批評し、コメントするという雑誌で、
ときどき楽しく読んでいたものですが、
『広告批評』の天野祐吉さんがいらっしゃったら、
きっと取り上げていたのではないか、
と想像したりします。
ともかく。
ガンバレルーヤのよしこさんとまひるさん、
それと、井桁弘恵さんの関係が絶妙で、
コマーシャルの制作者側のアイディアと演出の妙だと思いますけれど、
ほれぼれしてしまいます。
セリフが短いだけに、三人の人柄が現れているような気もし、
短いながら、
すばらしい芝居を観たときのような感動がある。
うん。
それで、
ガンバレルーヤのよしこさん、まひるさん、井桁弘恵さんを、
ますます好きになりました。
かつ、
「ちょっといい蒟蒻畑」のゴーメット、
いや、フォーグルメを購入。
さっそく食べてみた。うんめー!!
というわけで、
すっかりコマーシャルにやられてしまいました。

 

・ふりふりて軍癖《いくさぐせ》止まず五月雨  野衾

 

拡大鏡初体験

 

歳とともに衰えるもののなかの代表格に視力がありまして、
寝るまえに目薬を注すとか、
注したあと、目を閉じて眼球を時計まわりに20回、
反対まわりに20回まわすとか、
(疲れていて、眼球をまわす回数を数えているうちに眠ってしまうことも)
そんなこんなで、
ケアはしているものの、
たまに古い文庫本で、極端に小さい文字が印刷されているのがあり、
裸眼で本との距離を微調整すれば、
なんとか読めはするけれど、いかにも神経をつかうし、
なんだか疲れることがあります。
それと、
文字を読むのに神経をつかい過ぎるせいか、
文の意味が飛びそうになる。
いけないいけない。
それで、
そうだ、
しばらくまえに買って、
そのままになっている拡大鏡が確か引き出しのなかにあったはず、
とガサゴソやって、
あった!
さっそくつかってみることに。
拡大鏡初体験。
ん!? おっ! もひとつ、おっ!
いいっ!!
そうか。こんな感じなんだ。
もっと早くに気づけばよかったよ。
読むスピードは落ちるけど、
ストレスフリーでイラつくことがありません。
5ポイント、
いや、
おそらく4ポイントだと思うけど、
それぐらいの大きさの文字を読むには、
いまのわたしに拡大鏡は必需品。
買っといてよかった。

 

・晴れ晴れと相模遥かや山法師  野衾

 

仰向けの虫のこと

 

このあいだの土曜日でしたか、ベランダを見たら、カネノナルキの鉢の横で、
ゾウムシの仲間だと思いますが、ひっくり返って、
脚を宙にゆらゆらさせていました。
それをしばらく見ているうちに、はっきりと思い出しました。
六十年は経っていないと思いますが、
少なくとも五十年以上は経っているはず。
ある日の日曜日、
じぶんの部屋の机に向かうと、コガネムシが机の上でひっくり返っていました。
脚をゆらゆらさせています。
しばらく見ていたのですが、
ふと、妙な想像が湧きました。
もし、わたしが何もせず、このままにしていたら、
コガネムシはどうなってしまうだろう。
脚を盛んにゆらゆらさせていても、引っかかるところがあるわけでなし、
ただ無意味にそうしているだけで、
死んでしまうのではないか。
そう考えたら、なんだかとても怖ろしくなった。
怖ろしくなって、
いま目の前で起きていることは、
ほんのちょっとしたことかもしれないけど、
たぶん、一生忘れず覚えていて、なにかの機会にきっと思い出すにちがいない、
思い出すだろう、
そう感じました。
それからコガネムシをつまみ、脚が下に着くようにしてあげた。
コガネムシが机上を這うところまでは憶えていますが、
そのあとのことはぼんやりとしています。
田舎の農家のやたらに天井の高い部屋ですから、
やがてどこかに飛んでいったのでしょう。
と、
そのちょっとした子供時代の思い出が鮮やかによみがえりました。
目の前の、ゾウムシにしては大型の、
それでもコガネムシよりは小さめの虫をつまんで、
脚がコンクリートに着くようにしてあげた。
何ごともなかったかのごとく、
ふつうに歩いて行きます。

 

・五月雨や瑞穂の国の土に滲む  野衾

 

クセルクセスさん

 

クセルクセスのことは、高校の世界史で習った気がします。
教科書は、もう持っていません。
ダレイオス一世の子、ペルシア戦争、サラミスの海戦、
とかとか、
いかにも暗記科目として習い覚えた、知識ともいえないこま切れの単語を覚えている
だけで、
それ以上の意味を見出すことができないまま来たわけですが、
松平千秋さんの訳でヘロドトス記すところの『歴史』を読むことにより、
ヘロドトスもクセルクセスも、
ぐっと身近になった気がします。
ふるい古典を読むと、たとえばそれは大型船で、
わたしは小舟。
ロープをかけて大型船を小舟に引き寄せようとしても、
大型船はびくともせず、
むしろ小舟が大型船に引き寄せられていく体。
教科書で習ったヘロドトスとクセルクセスが初めて、
血のかよった人間であることを知り、
ヘロドトスさん、クセルクセスさんになります。

 

これとは別の説も行なわれており、
それによれば
クセルクセスはアテナイから撤退してストリュモン河畔のエイオンに達すると、
ここからはもはや陸路を進むことをやめ、
軍勢はヒュダルネスに託してヘレスポントスへ引率させ、
自分はフェニキア船に乗ってアジアへ向ったという。
ところが航行中激しい「ストリュモン風」に襲われ、海は波浪でわきかえった。
しかし風はますます吹きつのり、
船は満員で
クセルクセスに同行する多数のペルシア人が甲板上にひしめいている有様であったから、
恐怖に陥った王は船長に声をかけ、助かる方策があるかと訊ねた。
すると船長がいうには、
「殿、この大勢の乗客をなんとか始末せぬ限り、助かる道はございません。」
これを聞いたクセルクセスはいったという。
「ペルシア人どもよ、
いまこそお前たちが王の身を案じてくれる気持を、
各自示してくれ。
わしの身が助かるか助からぬかは、お前たちにかかっているようじゃ。」
クセルクセスがこのようにいうと、
ペルシア人たちは王の前に平伏し、それから海上に飛び込み、
こうして軽くなった船は無事にアジアへ着いた。
下船して陸に上ったクセルクセスが第一にしたことはこうであった。
彼はその船長に、
王の命を救った功によって黄金の冠を与えたが、
ただし彼は多数のペルシア人の命を失わせた罪があるとして、
その首を刎ねさせたのである。
(ヘロドトス[著]松平千秋[訳]『歴史(下)』ワイド版岩波文庫、2008年、
pp.252-253)

 

引用文中の「ストリュモン風」とは北風の異名、
とのこと。

 

・風呂上がりの充足ヤバいっ蚊が居る!  野衾

 

書くことは

 

このブログですが、会社を起こして半年ぐらいたってから始めました。
なので、
これも二十五年目に入ったことになります。
けっこうな時間になりますので、
書くときの心がまえというか、書きっぷりも、時とともに変化しているようです。
じぶんの思いとは別の変化もあるかもしれません。
意識として、
このごろは、
コレのことを書こうかな、の、コレだけをもって書きはじめます。
たとえば今日の場合だと
「書くこと」について書こうかな、
それだけ。
以前ですと、もっと、こういうふうな流れで、こう書こう、
オチまで考えていた時期もありました。
いまは、ほとんどありません。
ほんとうは、
きょうは、「好きなCM」について書こうかな、
と思っていました。
ところが、気まぐれのように、
いや、
「ように」でなく、気まぐれで、
「書くこと」について、いま、こうして書いています。
「書く」といっても、
正確にいえば、
鉛筆やペンでなく、キーボードを打つのですが。
右手の人差し指と中指だけで。
それはずっと変りません。
右手のほかの指、さらに左手の指もつかって、も、考えないわけではなかったけど、
やっぱりこのままでいいや、の気分でずっと来ています。
東洋医学で脈診というのがあり、
名人になると、
患者の脈に触れただけで、
あらゆる病気を百発百中で当てられると聞いたことがあります。
それぐらい、
指先の感覚というのは鋭くも深くもなるのでしょう。
文章をつづるのに、
右手の人差し指と中指だけでキーに触れていると、
ふと、
脈診みたいなものかな?
と思うときがあります。
じぶんのこころ(ひとのこころも)は見えないわけだけど、
そこに触れていくような、
感じ。
その感覚がこのごろおもしろく感じます。
それを基本にし、読んでくださる方にお渡しする、そういうイメージでポツポツと。
読んでくださる方で、
実際にお顔とお名前を承知している方もいます。
すでに亡くなっている方もいます。
そうすると、
いま、
わたしはこんなこころで暮らしています、
と報告する具合にもなり、
さらに想像する読み手の方の声を聴き、
それを通して、
ふだんとはちがうじぶんとの対話も同時におこなえる気がし、
そのこころできょうの文も打ちました。

 

・五月雨や開いて閉じる朱塗りの戸  野衾

 

こ、この鳥!?

 

関東も梅雨入りしたそうですが、例年に比べて遅いそうで、
だけでなく、
いまのところあまり雨が降ってません。
しんぱいは、稲のこと。秋田の父からその旨を告げられていませんから、
いまのところは、大丈夫なのでしょう。
さて、
きのうのこと、
保土ヶ谷駅から西口へ下り、いつものようにてくてく歩いていきました。
一日の仕事を終え、夕暮れどきのこの道を、
看板を視たり、店の様子を窺いながら歩くのが好きです。
右手に古風な造りのそばの店。
「せんせー」「おうっ。そば屋かああっ!!」
の、
あの有名な三波春夫の歌謡浪曲を口ずさんだり。
と、ほどなく踏切。
カンカンカンカンの音がして遮断機が下りはじめます。
それもまた好し。
なぜならば、
すぐ横を流れる今井川を橋の上から眺められるから。
黒々としたおおきな鯉たちがの~んびりゆ~らり(そう見える)泳いでいます。
泳ぎにつれ、川の水もゆ~らりと~ろり。
それでつい、
見てしまいますね。
でありますが、
きのう見たら、鯉たちが泳ぐすぐそばの石の上に大きな黒い鳥。
ん!? な、なんだ!?
でかい! 黒い!
Mの字の両端の縦棒をぐいと開いたような、
あるいは、
Wの字を逆さにしたような形でゆ~っくりゆ~っくり羽を揺らしている。
ゆ~っくりゆ~っくり。
飛ぶのか、と見れば、飛ばない。
羽をゆ~っくりゆ~っくり。
も、もしかして。
あ!!
もぐった!!
ということは…。そうじゃないかと思ったよ。
テレビで見たことあるもん。
芭蕉さんも詠んだあの鳥でしょう。
まちがいない。
キミはウか?
はい。わたしは鵜科の鳥です。
いや、冗談を言っている場合でなかった。
びっくりしたー。
生きた鵜をはじめて見た。
見たよ。
しかもこんな身近で。
じぶんが住むこの町がますます好きになった。

 

・Wを逆さにしたる鵜と遇ひぬ  野衾

 

パインアメのこと

 

たまに、思い出したように、飴を食べたくなって、コンビニに寄ります。
いろいろ種類が多く、袋もカラフル。
電気製品の説明書を読むように、
またクスリの効能書きを読むような具合で、
飴の袋に記されたこまかい文字を、つい読んでしまいます。
ほかから見たら、
ちょっと変なひとかもしれない。
ともかく。
よく読んで、
中にどういう種類の飴が入っているかを確認してから買う。
こんかい買ったのは、
「海のソーダCANDY」。
四種類の飴が入っています。
えらんで食べるわけではなく、袋に手を突っ込み、
指に触れたものをつまんで、ひと粒の飴ごとに包んだ小さな袋を開けて食べる。
きのうの出がけ、
袋に手を入れ、
UFOキャッチャーが持ち上げるみたいに持ち上げた二つの飴は、
ふたつとも
「塩パインソーダ味」。
めんどうなので、ふたつぶ同時に口中へ。
なつかしい!
パイナップルの甘酸っぱいこの味。
メーカーは異なりますが、
パインの味がする飴は、
すぐに、2021年7月5日に他界した装丁家の桂川潤さんを思い出させました。
装丁の仕事を多くしていただきましたが、
それ以外でも、
ウォーキングや句会に参加して下さり、
親しくつきあう時間を持つことができました。
ことばによらなくても通じ合える、
ありがたい友人でした。
三渓園から桜木町まで歩いたときだったと思いますが、
元町辺りまで歩いたときに、
桂川さんが参加者全員にパインアメを配ってくれた。
けっこうな距離を歩いた後だったので、
甘酸っぱいパインの味が、なおいっそう美味しく感じられたかもしれません。
以来、
「パインアメ」だけでなく、
ほかのメーカーのものであっても、
パインの味がする飴を食べると、桂川さんを思い出すことになります。
ひょっとしたら、
無意識に、
桂川さんと話をしたくて、
パインの味がする飴を求めているのかもしれません。

 

・踏み慣れし石段の艶梅雨入かな  野衾