生かさず殺さず

 

・雨なれば欧陽菲菲も歌ひたり

昨日顧問税理士の先生がいらっしゃいました。
月一度の訪問を楽しみにしています。
このごろつくづく会社経営は難しいと感じていますから、
先生に今の状況をいろいろ尋ねます。
つたないわたしの意見も言います。
消費増税についていえば、
遅かれ早かれ上がるでしょう。
もはやあきらめています。
事業仕分けを本気で取り組み、
だれが見ても納得のいくものであれば、
増税についても見方は変わったと思います。
が、
あんな下らぬパフォーマンスを見せられ、
むしろいかに無駄が多いか、
その片鱗を示されて、
増税已む無しと言われてもだれが納得するものか。
不退転の決意とほざくあの面を目にするたび、
張り倒してやりたくなる。
増税をしないと約束して政権をとったくせに、
喉元すぎれば熱さを忘れるの類よろしく、
増税推進論者の泥鰌を首相に据えた時点で、
はっきりとした裏切りではないか。
なにが不退転だバカヤロー!!
腹がだんだん煮えくり返ってきたぞ。
眼がだんだん血走ってきたぞ千葉真一。
ダジャレも出ようじゃないか。
くそっ。
小さいながら会社を経営していて感じるのは、
中小零細企業にとって、
日本の税法はまったくもって
生かさず殺さずの愚法、
あいつらにとっての良法であるということです。
やる気をなくすよ。
*
写真は、りなちゃん作。

・梅雨なれど東の空の茜色  野衾

つ、ついに

 

・雨なれば三善英史を口ずさむ

昨日、
二〇一二年六月二五日、
金沢八景駅で京浜急行上り普通電車に乗ったところ、
ミル貝のように脚を伸ばした野球少年から、
席を譲られました。
人生初。
お礼を言い、
丁重にお断りし、
わたしは立ち続けました。
春風社から本を出している著者で、
電車内で初めて席を譲られ、
三日寝つきが悪かったという方もいらっしゃいますが、
きのうは酒を飲んだせいもあってか、
わたしは別にそんなことはありませんでした。
席を譲られたのも、
わたし一人だったらどうだったか分からないと、
自分を慰めています。
実は、
事が起こったのは、
専務イシバシと二人で横浜市立大学へ行った帰りでした。
電車に乗ったとき、
端っこの座席が一つだけ空いており、
イシバシに座るように言いました。
イシバシがシートに座って間もなく、
ミル貝の脚の野球少年が立ちましたから、
わたしとイシバシを夫婦連れとでも思ったか、
少なくとも他人同士ではないと感じて、
それならば、
一人が座ってもう一人が立っているのは気の毒と、
心のやさしい少年は席を譲るべく
立ち上がったのかもしれません。
ま、
そんなふうに思考をめぐらすところを自ら分析すれば、
席を譲られたことが
いささかショックであったことの証拠でしょうか。
いずれにしても、
電車内で初めて席を譲られた記念の日として
記憶にとどめておこうと思います。

・勘違い電車降りるもまた乗った  野衾

『イリアス』と『北斗の拳』

 

・肩凝って鍼灸するもまた凝った

けして笑い上戸ではないのですが、
岩波文庫の『イリアス』(下)
を電車の中で読んでいたら、
思わず声が出てしまいました。
一四七ページ。
「御者は曲芸師の如くもんどり打って頑丈な座席から下へ落ち、
命は骨を置き去りにした。」
神も人も一緒くたになっての壮大なドラマ、
一大叙事詩であるとはいえ、
『マハーバーラタ』のときも感じましたが、
今の感覚からすると、
表現が大げさというか、
比喩の度が過ぎて滑稽な気がします。
上の「命は骨を置き去りにした」を読み、
プッとなったとき、
ケンシロウの
「お前はもう死んでいる」を思い出しました。
『北斗の拳』を寿司屋のテレビで初めて見、
あのセリフを初めて聞いたとき、
口に含んでいたマグロが危なく
外へ飛び出しそうになりました。

・南明けこちら本格梅雨となり  野衾

蒸し風呂状態

 

・梅雨湿り背中の垢も浮きにけり

わたしが週一で通っている気功教室は、
横浜駅西口から徒歩五分のところにある
かながわ県民センターが会場ですが、
民間企業とちがって融通の利かないところがあり、
たとえば、
どんなに暑くても、
七月前には冷房を入れてくれません。
暖房にしても然り。
電力需給のバランスが問題になっているこのご時勢、
節電に努めることは
理にかなっているとはいうものの、
体に理屈は通用しません。
わたしは普段あまり汗をかかないほうですが、
きのうは、
頭蓋骨と皮しかない額からまで汗がふきだしました。
今流行りのサプリメントを飲むよりも、
よほど健康的です。
あと一回、
来週も蒸し風呂に入らなければなりません。
ふ~。

・梅雨湿り秋に劣らぬ読書かな  野衾

五月闇

 

・天竺の空や遥かに五月闇

五月闇と書いて、さつきやみ。
夏の季語です。
愛用している『合本 俳句歳時記 第三版』(角川書店編)
によれば、
「五月雨、つまり梅雨のころは暗雲が垂れ、
夜はあやめもわかぬ闇となる。
梅雨闇などともいう。」
あやめもわかぬは、
文目も分かぬ、
模様も分からぬほどの漆黒ということでしょうか。
日本の五月闇とインドの闇では同じか違うか。
そんなことを思い、
このごろ闇に向かって目を据えています。
私見をいえば、
インドの闇のほうが、
もっと厚みがあった気がします。
それに、
輝いていました。
輝く闇。
それに対して日本の闇は、
同じ闇でも
厚みを感じさせず、
風通しがいい。
人も時も吸い寄せられていきそうです。
そこから現れ、そこへ消える、
海ならなぎさ、
陸ならくさむらでしょうか。

・遠雷や玄奘の途はるかなり  野衾

人間ポンプ

 

・台風過季節を忘る夜明けかな

野毛の大道芸に詳しい方から聞いた話。
人間ポンプという芸があり、
いろんなものを飲み込んで、
胃まで落としてそれからカッと吐き出す。
白と黒の碁石を飲み込み、
客の要望に応え、
お望みの色の碁石をカッ。
なぜそれができるかといえば、
白と黒では、
微妙に温度差があり、
それを喉で感知するそうです。
ほんとかな。
さて驚いたのは、
人間ポンプのその方、
あるとき、蛇を飲み込んだ。
胃袋に落とされた蛇は胃液にまみれ七転八倒。
体がだんだん溶けていく。
このままでは大変と蛇君たまらず胃壁に噛み付いた。
今度は人間ポンプがギャーと喚いた。
蛇君と人間ポンプの壮絶なバトル。
果たしていかなることになったのか。
人間ポンプはすぐに医者に運ばれ、
緊急手術で腹を割き、
胃の中から蛇君を取り出したそうです。
というわけで、
バトルの結果は蛇君の勝ち。
いや、
蛇君の体も半分ほど溶けていたから引き分けか。
いずれにしても、
想像するだに胃が痛くなるお話でした。
*
写真は、なるちゃん提供。

・アーアーアー嵐去ったと烏告ぐ  野衾

ちあきなおみ

 

・振り向かずサッと手を挙ぐ五月闇

昼、
行きつけの食堂で新聞を開いたら、
ちあきなおみのCDの広告がでていました。
復刻版です。
また、
ちょうどきのうのこと、
新聞広告とは別のちあきなおみのCDの案内が
アマゾンからメールで届きました。
彼女が歌をやめてから今年で二十年になるはずです。
それでも、
かけがえのない彼女の歌を聴きたくて、
むかしの音源に耳を傾け、
こころを寄せている人がそれだけ多いということでしょう。
わたしもその一人です。
洟垂らしの頃は、
彼女の歌のよさが分かりませんでした。
それがこのごろはよく聴いています。
彼女の歌、声を聴いていると、
胸にたまったしこりが次第に融けていくようです。
やがて、
からだの芯がほっこりしてきて、
われ知らず目頭が熱くなっていることに気づきます。
息が深くなり、
いろいろいろいろあるけど、
憂さの捨てどころなどどこにもないけど、
人に言われるまでもなく、
生きているあいだ、
生きているあいだは、
ほんとうにがんばらねばという気になります。
歌で癒される、
歌でしか癒されない
こころの領域がたしかにあるようです。
「ちあきなおみさん歌って国民運動」を
おごさねばだめだなと、
石巻出身のカメラマン橋本照嵩さんと
涙ながらに気勢をあげた夜でした。

・紅とんぼ聴きて慰む夜もある  野衾