下北沢

 

・六月の雨の隙間に活動す

用事があって、
下北沢まで行ってきました。
大事な会議を終え、
仙台からいらした先生といっしょに
駅に向かいましたが、
方向音痴のわたしは、
どっちがどっちなのかさっぱり分かりません。
かろうじて、
走る電車の姿が見えましたから、
おおむね間違ってはいないようでした。
道端にたたずんでいる
華やぐ若い女性に駅への道を尋ねたところ、
二人顔を見合わせ、
うんともすんともさあとも言いません。
こりゃ駄目だとあきらめお礼を言い、
少し歩いて今度は初老の、
夫婦と思われる二人連れの男性に声をかけました。
すると、
一瞬キョトンとされ、
「下北沢で下北沢の駅を訊かれて驚いた」。
ここは、
若者がぶらぶら楽しみながら歩く街なのか、
用事を済ませまっすぐ帰る人は少ないのかもしれません。
わたしも先生も、
少々浮いているような気がしました。
道を教えてくれた男性の指示通り歩き、
ほどなく下北沢の駅まで無事にたどり着きました。

・会議終へすっきりかんの麦茶かな  野衾

茶話

 

・六月の雨の恋しきときもあり

薄田泣菫(すすきだ きゅうきん)の『茶話』は、
短い面白い話がいろいろあり、
細切れの時間に数話読むには最適で、
わたしは、朝、
コーヒーを淹れるあいだの三個の短い時間に読んでいます。
取り上げられているエピソードの面白さはもちろん、
比喩がとっても面白い。
たとえば、
大正六年七月十八日「筍(たけのこ)問答」という文章があります。
摂津の蘆屋に住む老夫婦のことが取り上げられています。
お婆さんが病床につき、
もうあきまへんと弱音を吐く。
それを聞いたお爺さん、
「水洟(みづはな)と一緒くたに涙を啜(すす)り込むだ」のですが、
「涙も水洟も目高(めだか)の泳いでゐる
淡水(まみず)のように味が無かった。」と文章が続きます。
淡水のように味が無かったで十分だと思うのですが、
目高の泳いでゐる淡水のように、
というところが面白い。
まったくもって味が無いことが強調されています。
前に読んだところで、
「葱(ねぎ)のように寒い歯茎(はぐき)」
という比喩が出てきて笑ってしまいました。
泣菫先生、悠々伸び伸び、
たのしんで書いていたのでしょう。

・ピンク地のカーテンより光り洩れ  野衾

蘆花日記

 

・雨抱え泣きたいような梅雨の空

英文学者の中野好夫さんが大好きで、
本人の書くものだけでなく、
中野さんが翻訳したものや監修したものまで
次つぎに買い込み、
読めるものは読み、
かなわぬものは棚に積んできましたが、
このごろ棚から下ろして読みすすめているものに、
徳冨蘆花の日記があります。
監修が中野好夫、横山春一となっています。
ただいま三巻目で、大正五年九月の項。
作家の日記というものは、
よく言われるように、
いつか活字になるかもしれないと思いながら書かれる、
ということがあるようですが、
蘆花の日記の場合、
それは本当になかっただろうと思われます。
なぜなら、
作家の性的関心、欲望、閨房の語らいなど、
赤裸々というのはこういうことかと
呆れるぐらいの記述が連なっているからです。
むかし国鉄のトイレで見たような、
へたくそな記号まで添えながら。
きのう読んだところには、
女房を押し倒していたしたら、
女房が右の足だか左の足だかを上げてするのは、
犬みたいでいやだと言ったけれど、
欲望に駆られるままにいたした、
などということが、
惜しげもなく書かれていました。
夕食後、
その箇所に遭遇し思わず吹き出してしまいました。
ちょうど家人が食器を洗いに台所に行っていたので、
また、
船村徹作品集のCDがかかっていましたから、
わたしの爆笑は、
トイレでオナラの臭いがまぎれるように、
音にまぎれて台所までは届かなかったようでした。
昼の嫌なことも、
この日記のおかげで、
かなりのところまでまぎれてしまいます。

・真空に影ひびきの心地せり  野衾

アパート

 

・早すぎてなりも小さき夏の虫

会社の行き帰りに通る階段横に、
二階建てのあばら家があり、
周りは草ぼうぼう、
朽ちていくのを待つばかり、
みたいな状態で数年、
あるいはもっと、
だれも住まぬまま放置されていました。
ところが昨年だったか、
今年に入ってからだったか、
記憶が定かではありませんが、
大掛かりな改築工事が施され、
不動産会社の看板が貼られなどしているうちに、
一人住み、二人住み、
とうとう全室が埋まりました。
会社帰りに階段を通るとき、
明かりが漏れているから分かります。
全室といっても一階が二部屋、二階が二部屋、計四室です。
中に入ったことがないので分かりませんが、
ひょっとしたら中で仕切られていて、
一人分が二部屋かもしれません。
それはともかく、
一階の右手の部屋の窓には、
かわいいピンクのカーテンが下がっています。
若い女性でも住んでいるのでしょうか。
気になるのはカーテンの丈。
少し短いのです。

・六月の雨に音あり色もあり  野衾

紙にできること

 

・曇り空夏の記憶の痛さかな

トークイベント「よこはま 本への旅」第九回のお知らせです。
今回は「紙にできること」と題し、
王子製紙株式会社
新事業・新製品開発センターマネージャーの
鈴木貴さんをゲストにお招きし、
紙についていろいろお話をうかがいます。
わたしたちは、
さまざまな場面で紙の世話になっています。
本も紙で作られていますが、
それよりも、
ティシュペーパー、トイレットロール、
キッチンタオル、ウエットティシュなど、
一年三六五日、
紙に触れない日はありません。
先日、打ち合わせに行ってきましたが、
貧しい国が貧しい国のままでいることを前提にした経済
ではいけないという鈴木さんのお話に感動しました。
イベント当日は、
先着四〇名様にかぎり洩れなく、
王子製紙の見本帖をプレゼントいたします。
ふるってご参加ください。
詳しくは、コチラをどうぞ。

●日時 6月29日20時~
●場所 春風社
●参加費 千円

・民謡を聴きて慰む夕べかな  野衾

日曜散歩

 

・餡蜜の角の昭和の甘さかな

井土ヶ谷に住んでいるときですから、
少なくとも十五年前、
おそらく二十年ほど前になろうかと思いますが、
たしかその場所に餡蜜屋があり、
一度だけふらりと入って
栗クリーム餡蜜を食べたことがありました。
餡蜜に栗と
バニラのアイスクリームが添えられています。
一月ほど前、
日曜日の散歩に出かけたときのこと、
餡蜜屋のあった付近が大掛かりな工事中で、
あらら、
あの餡蜜屋もはや無くなったかと
半ばあきらめたのですが、
よく見ると、
工事現場のすぐ隣り、
ブルーシートに追い遣られながらも、
以前のままの姿で立っていました。
それから頭に焼き付いて、
どうも気になるものですから、
近所のまるちゃんを誘い、
家人と三人で昨日餡蜜を食べに行きました。
ごくふつうの餡蜜屋さんです。
三人がいるあいだ、
わたしの隣に男性が一人来て、
難しげな資料を読み始めました。
法政大学の文字が見えました。
男性は、栗クリーム餡蜜を所望。
それから五分ほどして、
今度は白髪の女性が一人来て、
明るい窓際の席に座り、
ふつうの餡蜜をたのみ、
静かに食し、
勘定を済ませ弘明寺方面へ歩いていきました。
日曜日の密かな楽しみなのでしょう。

・サラサーテよだかの星の音楽室  野衾

ガムを噛む女子

 

・鯖の皿迷いながらも手に取らず

木曜日は横浜気功教室。
ジョイナス地下にある魚敬でお寿司をつまんだ後、
地下街を通って県民センターへ向かいます。
キーコーヒー店のおねえさんに昨日はあいさつしただけで、
豆を買いませんでした。
コーナーを曲がって左へ、すぐ右へ。
左手の女性下着売り場に首が傾かぬように気を配りつつ
さらに歩を進めると、
横浜駅西口正面へつながる階段のすぐ下はサマンサベガ。
うすいピンクのかわいいバッグが並んでいます。
白のスカートにピンクのカーディガンを羽織った女性が、
バッグを肩にかけ鏡に向かい店員と話しています。
きっとピンクが好きなのでしょう。
さてここからは中央モール。
気持ちを切り替え歩き始めるや、
向こうから、
颯爽とガムを噛み噛みミニスカートの女子が歩いてきます。
歩幅、広。
足、長。
自信ありげ。
大リーガーのように奔放にガムを噛み噛みしています。
なにか憎いのか?
なおかつ、
口元が少し開いています。
決して閉じません。
AKB48にこういう口元の娘がたしかいたな。
八重歯の娘。
ガムを噛まずに口元を開いていたら間抜けですが、
ガムを噛んでいると、
さまになります。
きっとそのことを知っているのでしょう。
かわいく見えないこともありません。
どうでもいいですけど。
*
写真は、ひかりちゃん提供。

・ガムを噛む女子の口元開きをり  野衾