不忘

 

・等間隔にひとやひとやと彼岸花

保土ヶ谷駅で電車を降り、
国道一号線沿いを保土ヶ谷橋へ向かいながら
ぷらぷら歩いておりました。
午前の雨が上がり、
空気がこころもちスッキリしたようです。
カウンターだけの焼き鳥屋あり、
このごろとんとご無沙汰のコットンクラブあり、
わたしと同年齢のなべちゃんが経営する
グラン・ブルーあり。
ひょいと覗くと、
いつものY姐さんが
ドアのそばのいつものカウンターに。
Yさんきょうも来ています。
ここまでは
昨日ここに書いたこととほとんど同じに
進行しました。
思うことまで同じです。
が、
身の程を知ったわたしはこころに念じます。
五十肩五十肩五十肩五十肩……。
仮にYさんと目が合っても
今度は手を挙げずにお辞儀をしよう。
そうしよう。
そろりそろり二歩三歩。
通り過ぎようとしま…。
と、
Yさんこちらを振り向かず。
ほ。
お辞儀することもなく、
そうっと息を殺して店の前を通り過ぎました。

・鳶注意北鎌倉の秋深し  野衾

忘

 

・五十肩忘れ激痛走りけり

保土ヶ谷駅で電車を降り、
国道一号線沿いを保土ヶ谷橋へ向かいながら
ぷらぷら歩いておりました。
カウンターだけの焼き鳥屋があり、
このごろとんとご無沙汰のコットンクラブがあり、
わたしと同年齢のなべちゃんが経営する
グラン・ブルーがあり。
ひょいと覗くと、
いつものY姐さんが
ドアのそばのいつものカウンターに。
Yさんきょうも来ているなぁ。
二歩三歩。
通り過ぎようとしま…。
と、
Yさん視線を感じたか体をこちらへねじった。
あ、どうもどうもで
わたしは右手をサッと挙げ
あばよ、
かっこよく去るはずであった。
のに、
Yさんに見とれ、
五十肩を忘れて手を挙げた瞬間、
雷が落ちたような激痛が走り
わたしはしばし歩道に蹲りました。
いっってーーーー!!
身の程を知りました。

・さやさやと娘招きし薄かな  野衾

十五期目

 

・淵淵乎我が履む路に光り有り

新井奥邃がアメリカから日本に帰国し
百年目に当たる一九九九年の
十月一日に弊社は創業しましたから、
きょうから十五期目に入ります。
(奥邃が横浜に到着したのは一八九九年八月一日)
昨日、
ハウナニ=ケイ トラスク著
『大地にしがみつけ――ハワイ先住民女性の訴え』
を訳され弊社から刊行した
松原好次先生が来社されました。
この翻訳書は二〇〇二年七月の刊行ですから、
十一年前のことになります。
十四期の最終日に、
弊社とご縁のある先生から
大事な仕事をいただけたことに
心より感謝します。
松原先生に申し上げました。
春風社は、
売れ線を頭で考えて
ヒット商品を出そうとは考えません。
出す頭も持ち合わせません。
また骨董的な本を出す気もありません。
読んでくださる方の数は少なくても、
深くモノを考える、
考えようとする人に届く本をつくりたい、
人を元気にし
生きる勇気を与える本をつくりたい、
その意味で、
ご提案くださった本を
ぜひ弊社でやらせてください云々。
先生、
笑顔で帰っていかれました。
ありがとうございました。

・一言は万意を蘊す生命(いのち)かな  野衾

32555歩

 

・秋深し朝日に匂ふ実香あり

先週末は年に一度の社員旅行。
金沢文庫から
六国峠を通り鎌倉の天園へ、
そこから北鎌倉まで歩き、
昼食後さらに歩いて
源氏山公園を経由し長谷まで。
「全長約十五、六キロになるでしょうか。
ま、大したことはありません」
などと強がって、
金曜の朝ここに書きましたが、
十五、六キロでどうも済まなかった。
二十キロは優にあったでしょう。
いやはやよくも歩きました。
昼食をとった北鎌倉の名店鉢の木の仲居さんたち、
旅程を聴いてみなびっくり。
さもありなん。
長谷で平地に下りたら
社員一同へろへろ。
由比ガ浜の宿に一泊し、
翌朝江ノ電でとことこ江ノ島へ。
水族館でイルカとお姐さんたちのショーを見たり、
島の参道両脇に並ぶ店を冷やかしながら、
タコせんべいを頬張ったり、
ふわふわアイスの食感に驚いたり、
二日目はオマケのようなもので
まったく楽。
台風二十号の余波が冷めやらぬ時期で、
若干天候が危ぶまれましたが、
杞憂に終り、
全行程天候にめぐまれ、
旅行日和ウォーキング日和の二日間でした。
ありがとうございました。

・源氏山歩き歩きて竹の春  野衾

いざ鎌倉

 

・秋深し未生の前の歌を聴く

トップページにも記したとおり、
今日と明日の二日間、
社員旅行のため休業とさせていただきます。
ご迷惑をおかけしますが、
よろしくお願い申し上げます。
毎年この時期、
社員同士の親睦も兼ね、
一年の労をねぎらい
また来たる期への英気を養うために、
ぶらり皆で出かけることにしています。
どこへ行くかはわたしの独断。
昨年あたりから
源氏物語がマイブームになっていますから、
源氏物語ゆかりの地へでも
行こうかしらんと一時思いもしましたが、
気が変り、
鎌倉へ行くことにしました。
横浜にある出版社が鎌倉へ社員旅行?
はい。
金沢文庫から
六国峠を通り鎌倉の天園へ、
そこから北鎌倉まで昼までかけて歩きます。
そう。
歩きます。
昼食をとりしばし休憩。
午後はまた歩き
源氏山公園を経由し長谷まで。
全長約十五、六キロになるでしょうか。
ま、大したことはありません。
なんちゃって。
このコース、
全部通しで歩くのはわたしも初めてですが、
歩いてみて感じるのは、
このコース、
百年ぐらいで俄かにつくったコースでないということ。
ひょっとしたら千年近く前、
すでに歩いた人がいたのではないか
と思えるすばらしいコース。
歩かない手はありません。
先人の歩いた土を踏み踏み歩きます。
長く歩いているうちに
今の時代の感覚が剥がれ落ち、
体が新しく生まれ変り、
もののふたちの血が蘇ってくるような、
そんな気さえしてきます。
それでは、
行ってまいります。

・彼氏出来奈実ちやん服も秋となり  野衾

六四夫婦

 

・謙り謙りして光りあり

JR桜木町駅で電車を降り、
改札口前にある
蕎麦の店川村屋で「遠藤の青汁」を買い、
エスカレータに乗って地下へ。
地下道をくぐり
上りエスカレーターで地上へ。
いつものことです。
雨が降っていました。
鞄から折り畳み傘を出し
パッと広げてさぁ外へ。
と、
向こうから、
一つの傘にちんまり収まった老夫婦がやってきます。
二人とも髪が白い。
傘を持っているのは爺さん。
突然、
婆さん傘の柄をつかみ
自分のほうへ傾けた。
爺さん苦笑。
どうも爺さん
一本の傘に二人入っているのに、
六対四ぐらいの比率で、
自分のほうをよけい
傘で庇っていたものらしい。
「な~によじ~さん。
わだしのほ~へも~とか~さをよ~こしなさ~よ。ふがふが」
と婆さん口では言わずに、
グイと柄を。
すばやかった!
それを目の当たりにし、
あはははは…と、
つい笑ったら、
二人、
すれ違いざまにわたしを睨み、
爺さん傘をすぼめ、
エスカレーターで地下へ降りていきました。
婆さん前、爺さん後ろ。

・舞い降りし紅葉鞄に入りにけり  野衾

愛染かつら

 

・弥次喜多と伊勢へ行きたし秋の風

父に『昭和の大ヒット大全集』上を買いました。
CD三枚組み。
正月、持って帰ろうと思います。
父も母も歌と仕事が趣味のような人なので、
きっと喜んでくれるでしょう。
父が叔父といっしょに
愛知県鍋田干拓地の工事のため
出稼ぎに行ったとき流行っていたという
こまどり姉妹の「ソーラン渡り鳥」も入っています。
昭和三十六年につくられた歌ですから、
わたしはまだ四歳。
青っ洟を垂らしていた頃です。
子どものころ、
こまどり姉妹のお姉さんのほうが好きだったことを
この日記にすでに書いた気がします。
一枚目のCDには「旅の夜風」が入っています。
これを聴くたびに胸がきゅんとなります。
CDの「旅の夜風」は
霧島昇と九条万里子が歌っていますが、
わたしが聴いて知っているのは、
おそらく
神戸一郎と青山和子が歌ったものだろうと思います。
なぜなら、
まだ家に来て間もないはずの
白黒テレビに釘付けになるようにして
「愛染かつら」のテレビドラマを見ていた記憶があり、
その主題歌「旅の夜風」を歌ったのが
神戸一郎と青山和子だからです。
長内美那子(おさないみなこ)演じる
高石かつ枝に
夢中になったものでした。
洟垂らしの小学生にドラマのストーリーなど
わかろうはずもありません。
が、
高石かつ枝を演じる長内さんが
なんだか、
とってもかわいそうだった。
かわいそうでかわいそうで
なんとかしてあげたかった。
性の昏さも甘さもまだ知らないころのこと。
それよりも、
切ない気持ちのほうを
先に知ったということでしょう。
ませたガキでした。

・蟹江にてこまどり姉妹を父の秋  野衾