フォークソング

 

・春の宵友と無言の「神田川」

高校の同期生で陸上部でもいっしょ、
学部はちがっていましたが、
大学も同じだった友人のIくんが遊びにきてくれました。
ときどき来ます。
Iくんはフォークソングが好きなので、
来るとだいたい掛けます。
秋田にいる弟がくれたCDが六枚あり、
それを順繰りに。
六枚というのは中途半端な数字ですが、
「フォーク集」五枚のなかから
選りすぐりを一枚のCDに収めたのを最初くれ、
しばらくしてから、
五枚全部をコピーしてくれました。
Iくんは、
カメラマンの橋本さんが感動するほど酒が好きです。
Iくんから酒を取り上げたら、
体を悪くするのではないか、それぐらい。
美味しそうに飲みます。
絶対に乱れません。
たまに寝ます。
CDを聴きながら、
とくに話すこともありませんが、
二人とも髪があった昔をなつかしみ、
除雪車が雪を払って
両側が高くなった道路のような頭になった今を笑い、
酒をゆっくり楽しみます。
神田川、岬めぐり、なごり雪、わかって下さい、…。
いいなぁ、いいなぁ、で、
夜が更けていきます。

・式のごと酒の瓶持つ友の顔  野衾

異文化や

 

・木漏れ日の揺れて静かに春が行く

書評紙『図書新聞』今号は、辞書・事典特集。
その1~2ページに、
『異文化コミュニケーション事典』の編集代表である石井敏先生の
インタビュー記事が掲載されます。
『図書新聞』は週一回発行される週刊書評紙。
この時期は例年、
辞書・事典の特集が多くなりますが、
その筆頭を飾って
わが『異文化コミュニケーション事典』が
二ページにわたり取り上げられることは、
とても名誉なことにも感じ、
うれしく思います。
しかも、
「異文化」は四文字!?
なぜ四文字に関心が向くかといえば、
「や」を付けて五文字にすると、
「異文化や」となり、
俳句を作るのにピッタリ!(そんなこと?)
きのうはここで、
あいづちを打つ頻度が
アメリカ人に比べ、
日本人は約二倍であるという話を引用しましたが、
それをふまえて。

○異文化やあいづち六つで殴られた

お粗末でした。

・青き蝶五尺三寸二廻り  野衾

『英語教育』に異文化

 

・鳥啼くも季節を忘る暑さかな

『異文化コミュニケーション事典』が、
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』ほどではありません
(言わなくても分かる? 失礼!)が、
売れています。
学術的かつ専門的な辞書ともいえますが、
かたいことを言わないで、
ぱらぱらめくって気になることばに当たってみると、
そこをちょっと読んでみるだけで、
へ~とか、ふ~んとか、ほ~とか納得したり、
初めて知ることがあったりして楽しく、
見てい読んでいて飽きません。
面と向かって人の話を聞くときには、
かならずあいづちを打ちますが、
あいづちの回数が、
アメリカ人に比べて日本人は約二倍だそうです。
研究者というのは、
いろいろなものを調べるものなんですね。
なかなかふつうの人は思いつきません。
それだけ日本人があいづちを打つ頻度が多いともいえるでしょうが、
文化の違いによって、
とんでもない誤解を生むことにもつながります。
ことほど左様に、
異文化コミュニケーションが重要になってくるわけです。
『英語教育』という専門雑誌に、
この事典についてのすばらしい書評が掲載されました。
コチラです。
これからますます重要になってくるであろう異文化コミュニケーション、
少々値が張りますが、
一冊いかがでしょうか。

・上セーター下半ズボンの部屋着かな  野衾

十文字学園女子大学

 

・十文字女学生らのうららけし

埼玉県新座市に十文字学園女子大学はありますが、
今年前期の講師を務めることになり、
きのうがその初日でした。
「「本」を読む、書く、作る、売る、をめぐって」
というタイトル(要するに、本にまつわるいろいろ)で、
十五回の講義を行います。
わたしが単独で行うのはきのうを含めて三回、
あとの回は、
詩人、写真家、評論家、絵本作家、画家、装丁家、
映画作家、漫画家、カリスマ書店員など、
多彩なゲストをお招きし、
たのしい授業を展開したいと思います。
きのうは初回ということもあってか、
受講生の皆さん、
とても熱心に聴いてくれました。
メモを取っている学生さんもかなりいました。
熱心に聴いてもらえることがうれしくて、
どんどんテンションが上がってしゃべりつづけ、
後ろのほうの時間が足りなくなり、
少々はしょる場面も。
高校の教壇を下りてから四半世紀が経ち、
ふたたび教壇に立つとは思ってもみませんでした。
これもまた人生の不思議。
いろいろ工夫し、
学生さんたちに喜んでもらえるよう頑張ります。

・十文字キャンパスまでののどけしや  野衾

ホーリー・モーターズ

 

・種蒔きを終へて眠りの安らけし

日ノ出町にある映画館ジャック&ベティで、
レオス・カラックスの新作
「ホーリー・モーターズ」を観てきました。
レオス・カラックスといえばドニ・ラヴァン。
今回の映画でも彼の魅力は遺憾なく発揮され、
最後まで楽しむことができました。
白いリムジンに乗ったドニ・ラヴァン演じるオスカーが、
依頼主からの指示を受け、
あるときは富豪の銀行家、
あるときは殺人者、
またあるときは物乞いの女、怪物など、
その日一日のミッションを次つぎに果たして行きます。
どこまでが現実でどこからが虚構なのか、
定かではありません。
オスカーは、
ミッションを忠実に、
また滑稽にまた哀しく果たして行きますが、
見ているうちに、
これは人生の比喩であると気づきます。
長い一生が一日に凝縮している。
オスカーは少々疲れているようです。
予定されていたミッションを終え、
オスカーがリムジンから降り、
運転手から今日のおカネと鍵を渡され、部屋に入っていく。
なぜ「今日の」と但し書きが付くのか。
自分の家ではないのか。
これもまた「自分」を演じる虚構なのか。
自分の家でないとしたら、
自分が自分でいられるのはどこなのか。
オスカーが鍵を開け、
ドアを開けたとき、
彼を迎えたものの存在に意表を突かれます。
と、
リムジンが表象するものの意味が
次第に明らかになってきます。
最後のシーンの
リムジンたち(!)の会話が秀逸。
静かで豊かな問いに充ちた、
おしゃれな映画を観せてもらいました。

・弟も手伝ひ年の種を蒔く  野衾

イメージ

 

・スリットの裂けて鮮血噴き出せり

先週のことです。
ある朝、
保土ヶ谷橋の交差点を渡って歩道を歩いていたとき、
前を歩く女性の後姿が眼に入りました。
なんだか窮屈そうです。
それもそのはず。
恰幅のいい体型で、
脚もたくましく立派、
少しO脚。
追い越そうかとも思いましたが、
そうするには、
小走りにならなくてはいけないほどのスピードで
彼女は前を歩いていましたから、
つまり、
わたしの歩くスピードと
ちょうど同じぐらいだったので、
追い越す動機がありません。
1メートルぐらいの距離を置き駅まで歩きました。
彼女のスカートの後ろ真ん中に
スリットが入っています。
そのスリットが左右に引っ張られ、
スリットというよりも、
布の裂け目をむんず両脇からつかみ、
力任せに破こうとしているようにも見えます。
食べ過ぎて胃の調子をおかしくし、
唇の横が破れ、
何を食べるにもおちょぼ口でしか食べれないときに、
恐る恐る気をつけて食べていて、
瞬間そのことを忘れて
ドバッと唇が切れ、
血が噴き出したときの映像が目に浮かびました。
でも、
それはわたしの勝手なイメージで、
実際はスカートは破れることはありませんでした。
ただ、
臀部の真ん中にあったスリットは、
相当左脚の側に回っていました。
彼女はそのまままっすぐ駅に向かい、
わたしは、
コンビニの横から駅へとつながる階段へ逸れ、
目の呪縛からようやく解放されました。

・行く春に手を挙げくるり回れ右  野衾

再会

 

・行く春や一番鶏の声近し

木曜日は気功教室。
始まる前、
早めに来た者数名で
長テーブルを部屋の隅に移動させていたら、
にこにこ微笑みかけられました。
知っているような、
いないような。
知ってい………る人でした。
名前は最初から知らない人ですが、
七年前、
気功教室に通い始めてしばらく経ったころ、
彼女も通ってきて、
何か月ぐらいいっしょにやったでしょうか。
一年ぐらいかもしれません。
来なくなってから三年か四年経つでしょう。
帰りに駅までいっしょに歩きながら話しました。
ハワイに行っていたそうです。
突っ込んで訊かなかったので詳しいことは分かりませんが、
話の流れから察するに、
五泊六日で行ってきた、
というようなことではなさそうでした。
人に歴史あり。
それが先週のことで、
きのうは。
もう来ないのかなと思っていたら、
先週とはがらり変って
ずいぶん軽装で現れ、
前のほうで体をゆらゆらくねらせていました。

・春惜しむ心ぽつかり胡坐かな  野衾