ワニは偽善者?

 

・窓近くコーヒーの木も若葉かな

crocodileに「偽善者」の意味があるとは
知りませんでした。
サミュエル・ジョンソンの『英語辞典』
に関する研究書の原稿を読んでいたら、
そのことに触れられており、
驚きました。
辞書で調べたら、
ちゃんと出ていましたから、
わたしが知らなかっただけかも知りません。
crocodile tears といえば、
偽善の涙、
そら涙の意味だそうです。
ワニはえさを食べながら涙を流す
という言い伝えからだとか。
どうしてそのことに目が行ったかといえば、
拙著『マハーヴァギナまたは巫山の夢』のなかに
ワニがでてくるからです。
ワニにそんな意味があるとは知らずに
登場させましたが、
小説の初めのほうで、
三平が玖美に平手打ちを喰わされる場面があり、
そのことを、
玖美が「偽善的行為を極度に嫌う」
と読んでくださった評者もいましたから、
また、
そう読むことはワニ(スミマセン!)
でなく「あり」なわけですので、
だとすると、
ワニの登場には
別の意味が付与され、
書き手にとって
思いもよらなかった景がひらかれもし、
おもしろいものだなぁと思った次第です。

・蟻の巣の働き蟻のうろたへり  野衾

携帯写真

 

・京浜線停まり停まりて新座まで

携帯電話には写真機能がついていますから、
季節季節の花や
面白いもの変なものがあると、
写真を撮り、
ここに順次アップしています。
けっこう花の写真が多いことに自分で驚いています。
他人事のようですが、
咲き始めた花の色、
その鮮やかさに驚いているのでしょう。
きのうは、
いつも通る道端にこんなものがありました。

本町小学校の
グラウンドを整備しているのか、
校舎の一部を増改築しているのか
定かではありませんが
とにかく工事中であることに変りなく、
用途は分かりませんけれど、
その関係の物体ではあるのでしょう。
が、
ひと目見た瞬間、
顔に見えました。
ほら。
ね。
見えるでしょ。
しかも、
不敵に笑っている。
昔、笑い仮面というのがありましたが、
それを思い出しました。

・新緑や若き過ち揺れてをり  野衾

 

山田屋の白露ふうき豆

 

・連翹の色に目覚める里の朝

連休の最後、
蔵王温泉大露天風呂に浸かりたくて山形へ。
硫黄の匂いただよう宿で一泊し、
翌朝バスで山形駅へ。
駅ビルのみやげもの屋でぺそら漬け、やたら漬け、
青唐辛子のみそ漬けを購入。
山形は漬物の宝庫。
どれも、
昨年三月二日に亡くなられた工藤正三先生から
教えてもらった、
というか、
横浜へ来られるときに必ず持ってきてくださり、
味を知った漬物ばかり。
先生がお持ちくださるもう一つに、
ふうき豆という生菓子がありました。
駅ビルでは
何社かのものが出ていましたが、
先生がお持ちくださるものが欲しくて、
漬物を買ったところのおにいさんに、
一番美味しいふうき豆はどこのものかと尋ねたところ、
言下に、
山田屋と教えてくれました。
本店でしか売っていないとのこと。
根拠はありませんでしたが、
工藤先生が買ってきてくださったのは、
それに違いないと思い、
タクシーの運転手にふうき豆の山田屋と告げ、
店まで行ってもらいました。
包装紙にはさむ赤い紙を見た瞬間、
これだ! と思いました。
間違いありません。
先生は、
『知られざるいのちの思想家 新井奥邃を読みとく』
『新井奥邃著作集』全十巻
の編集のたび、
また、
毎年六月に行われる新井奥邃先生記念会のたびに、
わざわざ、
山形市十日町2丁目5-45の山田屋に
足を運んでいたのでした。
いた人がいなくなるのは、
本当にさびしいものと思いました。

・露天風呂裸の猿の五月かな  野衾

一万一千本の鞭

 

・春の陽の大丸窓に没しけり

『出版ニュース』三月号に、
拙著『マハーヴァギナまたは巫山の夢』の書評が
掲載されていました。
「いました」というのは、
書評してくださった著者から
手紙をいただくまで知らなかったからです。
どの本についてもそうですが、
いろいろ目配りしていても、
掲載の事実を見逃すことが間々あり、
後で教えてもらうことになります。
今回書いてくださったのは装丁家の桂川潤さんです。
そのなかで桂川さんは、
拙著をギヨーム・アポリネールの
『一万一千本の鞭』に比してくださっています。
もう、大大大満足。
奇書怪書『一万一千本の鞭』を
かつて興奮して読んだ身にとりましては、
これ以上ないぐらいの褒め言葉。
褒められて年取りたいタイプのわたしです。
コチラです。

・うらうらと雲隠れ行く源氏かな  野衾

目録新聞完成

 

・春なれば漫ろごころを拾ひけり

「春風目録新聞」第12号ができました。
今回の特集は「家族の風景」
今回お願いしご寄稿くださったのは、
池内紀、ピーコ、佐々木幹郎、堀江敏幸の四氏。
四氏にとっての「家族」の風景を眺め、
味わいたいと思います。
詩とエッセイを読みながら、
わたしにとっての家族についても思いを廻らせたい。
朝、
アウグスティヌスの『告白録』を読んでいますが、
ちょうど
母モニカの死の場面に差し掛かっています。
切々たるものがあり、
生きることの悲しさ、大いなる願い、
悦びが詠われており、
緊張します。
間違わずに読むことが難しく感じます。

・鶯や源氏の隣りで法法華経  野衾

ブロックルーム

 

・赤羽や様変りして春の風

きのうは、
十文字女子大学での二回目の講義。
無事に講義を終えて、
帰途、
JR京浜東北線赤羽駅で降り、
春風社が始まった「まるます家」を訪ねました。
が、
一階も二階も客でごった返し、
立錐の余地なし。
あえなく退散。
むかし酔って歩いた道を、
看板の移り変りに目をやりつつ、
ぐるり回って帰ってきました。
もはや無くなっているだろうと思われた、
当時定宿にしていたカプセルホテル「ブロックルーム」が
まだ(失礼!)あり、
それだけでも驚きなのに、
なんと、一泊二八〇〇円も変らず。
いろんな思いや迷いを抱えながら階段を上った昔が、
なつかしく思い出されました。
あまりなつかしかったので、
ドアを開け、
むかし世話になったものですと、
あいさつすると、
係りの男の人(さすがに変っていました)に、
「そうですか、またよろしくお願いします」
と言われましたが、
もう泊まることはないでしょう。

・女子学生球打つ庭や春の宵  野衾

『釈譜詳節』全3巻完結!

 

・をちこちのいのち芽吹かす春の風

十五世紀、朝鮮ではハングルが作られ、
それにより釈迦の伝記『釈譜詳節(しゃくふしょうせつ)』
が国家事業として編纂されました。
朝鮮のいわば古典中の古典といっていいでしょう。
たとえば日本の源氏物語と同様に、
自国の人もなかなか読めない古典を、
外国人である河瀬幸夫先生が日本語に翻訳しました。
たとえばアーサー・ウェイリーの
『The Tale of Genji』にも比すべき偉業であると信じます。
古いハングルは読めなくても、
日本語なら読めるという学者が
韓国には多くいるそうです。
河瀬先生の仕事に対し、
韓国の碩学も「偉業」と讃え、
推薦文まで寄せてくださいました。
韓国、北朝鮮、日本は、
政治や外交の世界において、
けしてうまくいっているとは言いがたい現状ですが、
そうであればこそ、
今回の先生の仕事はますます輝いて見え、
文化が一朝一夕にはならず、伝わらず、
時と人の共同作業であるということがよく分かります。
腰をすえた対話の必要を感じます。
神奈川新聞の柏尾安希子記者が、
この本の意義につき
「15世紀半島仏教の集大成「アジアの歴史が凝縮」」
と題し熱く伝えてくださいました。
コチラです。

・春服のアナウンサー見て今日も寝る  野衾