爪

 

・新緑を眺め電車の夢うつつ

このごろ手足の爪の伸びが速い。
ひょいと見ると、
なんだ、
つい先だって切ったのに、
もうこんなに伸びたのか。
やれやれ。
それほど時を置かずしてまた見ると、
伸びている。
また爪を切る。
切った爪の屑が
あらぬ方向に飛んでいったりして、
そうなればメガネを外し、
床に這いつくばるようにして探してみたり。
やっと見つけてゴミ箱に捨て、
ふと考えた。
爪の伸びが速まるはずはないのではないか。
鼻の成長は死ぬまで続くというが。
そういえば、
年取った人の鼻はデカイ!
それはともかく、
爪は
成長を速めたのではなく、
爪の成長が速まったと感じる
わたしの観念が問題なのでしょう。
五月も、
今日を入れてあと三日。

・千年の直立棘あり黄蜀葵  野衾

田植え終了

 

・置き去りし罪のにほひの五月かな

秋田の実家の田植えが終わりました。
足腰に痛みのある母が、
苗を入れてあるダシとよばれる
プラスチック容器を洗う係りと聞き、
あららら、
だいじょうぶかぁと危ぶんでいましたが、
昨日の昼、
ココイチでカレーを食べてから、
紅葉坂へ向かう道道、
携帯電話から実家にかけたところ、
ちょうど母がでて、
「たおいだ。たおいだ」
とは言っていましたが、
声に明るさがありましたから、
まずはひと安心。
弟が時間を見つけては、
夕飯のおかずを買ってきたり、
カレーを作ってくれたりするので、
とても助かると。
「たおいだ」は、
秋田弁でくたびれた意の「倒れた」

・坂道を後ろ向きにて上りけり  野衾

散蓮華

 

・古書取りてはらり頁の風薫る

ちりれんげ、と読みます。
読むそうです。
略して、れんげ。
にわか仕込みの知識ですが。
ラーメンを食べるときに供される陶器製のスプーンで、
なぜ散蓮華と呼ぶかというと、
蓮の花の散った一枚の花びらに見立て、
そう呼ぶようになったのだとか。
いわれてみれば、
たしかに似ています。
散蓮華。
音も五音。
ちりれんげ。いい感じ。
ところで、
刻みの入ったものもありますが、
あの切り欠きが施されている散蓮華は、
だれが考案したのでしょう。
実に巧い工夫です。
あれがないと、
スルスルボチャン。
せっかく拭いて、
どんぶりの縁に静かに置いたのに、
またスルスルボチャン。
茶碗の湯舟に浸かっている目玉おやじが、
お尻すべってボチャンとなる、
その姿をつい連想してしまいます。

・薫風や尾根を渡りてこの地まで  野衾

トイレにて

 

・天狂ひ季節を忘る夏日かな

木曜日は気功教室。
かながわ県民センターの改装工事のため、
このごろは少し手狭の三階の部屋があてられています。
いつものように、
センターに入ったら、
まず玄関先に置いてある消毒液で
手を消毒し、
それから右横奥のトイレに向かいます。
トイレに入ると、
用を足し終えた男が一人、
洗面台の鏡の前に陣取っています。
わたしが便器に向かい用を足していると、
手を洗う音が聞こえてきました。
なんの不思議もありません。
用を足し、手を洗っている…。
ところがその男、
水道の蛇口を閉めてから、
何度も何度も、
手をほろっています。
「ほろう」は秋田弁?
標準語ではなんと言う?
手を上下に振って水を切っています。
きっと
ハンカチを持っていないのでしょう。
と思ったら、
今度はパンパンパンパンパンと、
パン生地を職人がはたくときのような音を出し、
自分の両手を叩いています。
あくまで、
ハンカチを使わずに
水を最後まで切りたいようなのです。
それがしばらく続いたので、
わたしは可笑しさをこらえ、
しばらく便器から離れられませんでした。

・狂乱の街を冷まして雨が降る  野衾

日本人は紙が好き

 

・新緑や見とれ呆けて夢去れり

先日、
出版業界の動向に詳しい業界紙の記者に会う機会があり、
このごろいい話がありますかと訊いたところ、
ありませんと。
とりわけ電子書籍が伸び悩んでいると。
さもありなん。
源氏物語を読み終えたばかりでしたから、
よけいにそう思ったのかもしれません。
源氏物語を読みながら、
紙が出てくる場面に注目すると、
数えてはいませんが、
相当の頻度で現れます。
そもそも
源氏物語は紙に書かれたのですから、
紙の存在は、
物語の進行ばかりか
その成立に深く関わっています。
道長が、
当時貴重な紙を紫式部に提供したのだろうと
いわれているようです。
触れることが大事なんだなと、
これは、
今回源氏物語を読んで直感したことです。
日本人は、
触れることで物と人を慈しんできた。
紙に触れて物語を慈しみ、
髪に触れて女を慈しむ。
また、
かみは神にも通じています。
経済の流行りが過ぎたころ、
かみは
物言わずに、
やっぱりでんと、
あるいはかそけく
座っている気がします。

・新緑や物思ふてマッチ擦る  野衾

ゴキブリ

 

・そんな日もあるさ車窓の若葉かな

弊社が入っているビルの共同炊事場で、
水筒を洗っていたら、
シンクの隣りに置いてある、
電子レンジの左隅のところに、
ちょうど隠れるようにして、
ゴキブリがいました。
ゴキブリ嫌い。
お!
一瞬ひるみ、
ん?
そっと近づき、
よく見たら、
単なる黒い汚れでした。
おそらく、
だれかなにか鍋物か
昼のおかずでもチンして、
汁がこぼれ付着し、
さらに水分が飛んでそのまま黒ずんだ
ものと思われます。
それにしても、
よくできたシミ。
ゴキブリそっくり。
ちょっとほれぼれ。
これは写真に撮って
皆さんにご披露しなければと思い、
携帯電話を取りに戻ろうとしたはずのに、
結局、
取りに行きませんでした。
というか、
なぜ取りに行かずに、
そのままになってしまったのか、
そこのところが、
昨日のことなのに、
ちょっとも思い出せないのです。

・新緑の畑の隣りの道工事  野衾

プロの仕事

 

・小糠雨ランドマークの埋もれり

弟が部長を務める中学女子のバスケットボール部が、
秋田県の大会で優勝しました。
その中学では創立以来初めての快挙だそうです。
ゴールデンウィークに帰省した折、
東北地区(一校は北海道から)の中学が集まる
練習試合を二日間見に行きましたが、
二日通っているうちに、
勝負のゆくえもさることながら、
試合前の休憩時間の過ごし方、
あいさつの仕方、
練習方法、
部員同士の交流、
監督や部長の指導のちがいなど、
だんだんと
各チームの特徴が見えてくるようで、
テレビでゲームを見るのとは
ちがった体験ができました。
短い時間でしたが、
弟に、見た感想を話したり、
弟がどんなことを考えて指導しているかを
直に聞いたりしましたが、
なるほどと
合点がいったことがありました。
それは、
中学女子バスケットボールの面白さということでした。
女子よりも男子、
中学よりも高校、
高校よりも大学、
大学よりも社会人、
社会人よりもプロ、そしてNBA。
スピードや技術では
たとえばNBAに敵わないかもしれない。
敵うはずもありません。
でも、
スポーツというのはそれだけではないはずです。
NBAを頂点とするバスケットボール
とちがう面白さを、
わたしの知らない面白さを、
弟はたしかにつかんでいると感じました。
弟が前にいた学校で
子どもたちを指導した際のノートの存在を知り、
その感がさらに強くなりました。
前にいた学校では、
監督として子どもたちを県の優勝に導いています。
秋田の父から今回の優勝の知らせを聞き、
弟に「おめでとう」のメールを送ったところ、
返信がありました。
「子どもたちの頑張りでまたうれしい経験をさせてもらいました」

・源氏終へ宇治の辺りも緑雨かな  野衾