暁と曙

 

古今和歌集六二五番は、壬生忠岑《みぶのたゞみね》のつぎの歌

 

有明のつれなく見えし別れより暁ばかりうきものはなし

 

片桐洋一さんの通釈は、
「有明の月はまだ残っているのに、それがつれなく見える思いで、
つれないあなたと別れて帰って来てからというものは、
いつも明け方ほどつらく感じられるものはないことであるよ。」
語釈のところを見ると、
まず「有明の」についてですが、
「夜が明けて明るくなって来るのに、月が空に残っているのが」
の意であり、
「月」と言わなくても、月のことであるのが分かります。
さて、暁《あかつき》と曙《あけぼの》
暁《あかつき》は《あかとき》の転で、
あたりが全体的にようやく明るくなって来た時を指す。
それに対して曙《あけぼの》は、
暁《あかつき》につづく時で、東の空に日の出を感じる頃、
とのこと。
ややこしくなりましたが、
要するに、

 

  暁《あかつき》  曙《あけぼの》  すっかり朝

 

こういうことでしょうか。
なので、
『枕草子』の有名な、
「春は曙、やうやう白くなりゆく山際すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。」
の曙《あけぼの》は、
朝の時間経過としては、
暁《あかつき》のつぎに来る時間帯であることになります。
こういうところにも、
日本人の言葉感覚、
感性の特徴があるのでしょう。

 

・口への字郵便局長アロハシャツ  野衾

 

人類の心性

 

病気もまた、「ある人間の上に乗っている」神霊だと言われることがある、
それもすでにホメロスにおいてそう言われている。
しかしなかでも特別にこの名前をもらっているのは精神病であろう。
ソポクレスの『アイアス』の主人公は、
自分の狂気をおのれの神霊《ダイモン》によるものだと言い、
この神霊が自分に狂った言葉を吹き込んで言わせているのだと信じている。
そのときの主調をなす意見を握っている人間、
悲劇の合唱隊はきわめてしばしばそういう人間として語っているのだが、
このような人間もまた、
ある神霊に突然襲われて身の毛もよだつ予言を下すことがあったかもしれない。
アイスキュロスの悲劇において合唱隊は予言するカッサンドラにこう呼び掛けている。
「いかなる神霊がお前に激しくのしかかって、
お前の(目前に迫っている)死の嘆きの歌をお前に吹き込んでいるのか?」
次に、
後代の、
おそらくはオリエントに由来すると思われる考え方で、
本当に物に憑かれた人たち《ダイモニゾメノイ》について言われているものであるが、
これはある神霊がこの人たちの中へ外から押し入ったのであって、
それはまたたぶん追い出すことができるのだ、
というのである。
(ヤーコプ・ブルクハルト[著]新井靖一[訳]『ギリシア文化史 第二巻』
筑摩書房、1992年、p.98)

 

いまわたしの関心は、
歴史的に各地域で発生し、ユニークとされる文化の比較を通して、
人間のこころのありよう、起源をさぐる、
みたいなところにあるのかな
と、
他人事のように思っています。
じぶんのことなのに変ですが、
あまり明確に言葉にできません。
もう少ししたら、
少しは言葉を見つけられるかもしれない。
上に引用した箇所を読んだとき、
『アラビアンナイト』に登場するジンのことを思い浮かべました。
神霊、精霊、ジンといい、
それらは、
ある文化状況、
生活空間の中で人間によって生み出されたものでしょうけれど、
そこに人類共通の心性が潜んでいるように感じます。
そのことを考えるために、
中井久夫さんの『分裂病と人類』が参考になりそうです。
ヘッケルの
「個体発生は系統発生を繰り返す」
がいまも有効ならば、
例外なくだれのなかにもある、
神霊、精霊、ジンを生み出す起源が眠っているはず。

 

・早朝の部屋の中にも緑さす  野衾

 

心境の変化

 

秋田に電話したところ、父がでて、田植えが済んで安堵したという。
疲れた疲れた、
とは言うけれど、
それを話す父の声に張りがある。
わたしが訊くまえに、父は、こんなことを口にした。
齢九十ということもあり、今年で米づくりを止めようと考えていたけれど、
弟(わたしの叔父)から、
米づくりを止めたらボケるぞと諭され、
それもそうかなと思い始めている、
云々。
父より九歳年下の叔父がサポートすることで今年の田植えも済んだ。
叔父のサポートはさらに増していくだろう。
叔父は身近にいて、父の気持をよく知っている。
「米づくりを止めたらボケる」
そうかも知れない。
叔父におんぶにだっこだけれど、
ありがたい。

 

・新緑のざわめきの下女人行く  野衾

 

的屋

 

私は少年時代、戦後まもない頃、地方都市でのお祭りで嫌な経験をしたことがある。
知恵の環の屋台があり、
それを売っていたお兄さんは、
買わなくていいから試しにやってみな、と見物人にすすめていた。
彼は巧みに環を外してみせるので、
ついつられて手にとってみたが、
なんとそれは細いガラスでできているのだった。
外そうとして動かして、ちょっと引っぱったりするとすぐ折れてしまう。
お兄さんは「かまわない、かまわない」
と言う。
その調子の良さに乗せられて二、三本こわし、
あきらめてそこを去った。
そして二、三十メートルもゆくと、
別のこわいお兄さんがさりげなく追ってきていて呼び止められた。
「三本こわしたから○○円」と彼は言うのである。
あっと思ったがもう遅い。
一見して分るヤクザである。かなうわけがない。
それだけの金はなかったので、
あり金そっくり渡してかんべんしてもらった。
なるほど、あれがテキヤというものか、と思った。
(佐藤忠男『みんなの寅さん 「男はつらいよ」の世界』朝日文庫、1992年、pp.142-3)

 

わたし自身は、
こういうこわい経験をしたことはないけれど、
あっ、
と思ったことはある。
わがふるさとが町になる前、村の運動会のときだったと思うが、
知恵の環でなく、
薄い飴菓子、クッキーのようなものを売る屋台があった。
小さなまるい形のクッキーに、
たしか動物が線で描かれていて、
ふちの部分をきれいに外し、
動物の形をそっくり取り出せば景品がもらえる、
というようなことだったと思う。
わたしは、実際にはやらずに、そばで見ていた。
わたしの知らない少年がクッキーを買い、
それに挑んだ。
そうとう時間をかけ、ていねいにていねいに、ふちを外していき、
顔を上げた少年の目は輝いていた。
りっぱに動物の形になっていた。
なんの動物だったかは覚えていない。
それを屋台のおじさんに示すと、「どれどれ」というふうに、
おじさんは動物の形になったクッキーを受け取った。
すると、
「惜しいな。ここがほら、割れているじゃないか」
と言った。
少年はだまっておじさんの顔を見つめていた。
それからどうなったかは覚えていない。
わたしは、
そういう商売があるなんて思いもしなかった。
ただ、
おとなはズルいことをする、
と思った。

 

・新緑の重なる闇の淡きかな  野衾

 

狸御殿!?

 

おとといときのうの二日にわたり、部屋で本を読んでいたときに、
ベランダをタヌキが通っていきました。
餌でも探しているふうで、
鼻先をあちこち近づけては、
猫がするように体を平らにして隣との間仕切り板をくぐっていきました。
と、
しばらくしたら、
またやってきた。
急いで家人を呼び、「ほら、タヌキ」
と言うと、
家人もびっくり。
わたしが住むこの山は、御殿山といいますが、
かつて古墳があったことは調べると出てきても、
貴人やエラい人の住む御殿があったなんて聞いたことがない。
なんでなんだろ?
と思いつつ、
ちっちゃいことは気にしないできていたところ、
頻繁にタヌキを見るようになり、
(以前、日中、階段のところで見たことを、このブログに書きました)
そうか、ここは、
ひとの御殿でなくタヌキ様が住まいする御殿山なのか、
と一人納得。
写真を撮ればよかったのですが、
呆気にとられ、
意識が追いついてきませんでした。

 

・狸出で保土ヶ谷今ぞ夏に入る  野衾

 

ブルクハルトの人間観

 

ここでは種々古めかしい資料を持ち出すかわりに、
アリストパネスの喜劇に登場するピロクレオンに語らせるだけで十分であろう。
この男は
自分の陪審員としての役目の好ましい面を非常に嬉しげに強調している。
ここにおいてわれわれは、
一つ一つどの点を取ってもみな現実の行動から取られているのであり、
このようなとんでもない俗物が何千人も実際にいたのだという確信を持つのである。
つまりこの手合いは、
自分が恐れられ、
呻吟する被告人やその一族のものたちに取り囲まれているのを見出して
幸福感に浸っているのであり、
このような不幸な人たちや脅迫されている人たちが彼にへつらい、
道化たことをやって見せさえせずにいられないので、
公判をまるで上手な芝居でも見るように興がり、
無責任な気ままさと、
自分が皆に起こさせることのできる恐怖を楽しんでいるのである。
(ヤーコプ・ブルクハルト[著]新井靖一[訳]『ギリシア文化史 第一巻』
筑摩書房、1991年、p.319)

 

ペルシア戦争では連合軍として戦ったアテナイとスパルタが、
つぎに来るペロポネソス戦争では、
互いに敵対し、
アテナイはスパルタに敗れます。
上に引用した箇所はその時代を背景にしての記述。
腐敗はこうしてやって来ます。
2400年も前のことでありながら、
人間の行動パターンが、
いま目の前で起きている現実とあまりに似ている
ことに驚かされます。
こうした状況下において、
ソクラテスの告発と裁判が行われる。
高校時代に読んだ『ソクラテスの弁明』を再読する時期が来たようです。

 

・羅や角から清方の女人  野衾

 

さびしい少年の物語

 

渥美清は、あのタフそうな外見とは違って、
じつはいつも病気ばかりしている子どもだったという。
小学校も低学年の頃から、関節炎やら小児腎臓やらで、しょっちゅう寝てばかりいて、
ロクに学校へは行けなかった。
だから、
たまに学校へ行っても〝お客さま”だったし、
従って成績は極端に悪かった。
関節炎の痛みに耐えながら家で寝ていると、
家の外でカラスがぱっと飛び立つ影が障子にサアーッと映ったりする。
するとラジオのスイッチを入れたくなる。
こんな気持は健康な人たちには分って貰えないでしょうねえ、
と渥美清はつけ加える。
たしかにカラスの飛び立つ影が障子に映ることと、
ラジオのスイッチを入れたくなることとの間には直接の関連はないから、
分らないと言えば分らない。
しかし、
この情景描写ひとつで、
病いに寝ている子どもの孤独は鮮やかに理解できるし、
学校にも行けない淋しさに耐えながらラジオだけを友にして、
すがるようにそれに聞き入っている子どもの姿がくっきりと目に浮かぶ。
渥美清の話術の特色は、
こんなふうに、
理屈をぬきにして印象的な情景を描写するところにあり、
その情景ひとつで聞き手は彼の気持を理解できる、というところにある。
俳句のようなコミュニケーションと言うべきか。
そして、
これと同時に、
彼が演じている車寅次郎の話術の特長でもあることに改めて気づく。
(佐藤忠男『みんなの寅さん 「男はつらいよ」の世界』朝日文庫、1992年、pp.19-20)

 

先週の土曜日でしたか、
テレビで『男はつらいよ 旅と女と寅次郎』
をやっていました。
まえに観たことがあっても、なんとなく観てしまうのが『男はつらいよ』で。
マドンナは都はるみ。
そのまま演歌歌手として登場しています。
ただ、
さすがに名前は「都はるみ」ではなく「京《きょう》はるみ」。
まあ、
「京」も「みやこ」と読みますけれど。
公演を前に失踪した京はるみが旅先で寅さんに出会い、
意気投合。
寅さんは、京はるみが有名な演歌歌手であることに気づいたけれど、
そういうそぶりを一切見せずに、
淋しげなひとりの女性に寄り添い、やさしく声をかける。
また、
いつものことながら心底惚れる恋する。
そしてお決まりの失恋。
わたしが今回目をみはったのは、
京はるみが「とらや」を訪ねたときのこと。
まわりがみんなドヨめいて、
「京はるみだ!京はるみだ!京はるみだ!」
ドヤドヤドヤドヤ、ガヤガヤガヤガヤ集まってきた人たちを前にして、
とらやの縁側で京はるみが歌を歌う。
そのとき。
京はるみの歌う後ろ姿を、
寅さんが、とらやの家の部屋の中からジッと見据えている。
寅さんの顔のアップ。
その顔は、
映画のフレームから早くも抜け出し、
寅さんの顔を超え、
渥美清の顔を超え、
さびしい少年田所康雄の顔そのものであったと思います。
その凄み。怖さ。弱さ。強さ。
『男はつらいよ』のおもしろさの一端は、
こういうところにもあるのかと。
それは、
稀代の役者・渥美清を通しての、
闇をかかえざるを得ない人間と人間とのふれあい、
そこから生まれるちょっとした笑いであったり、哀しみであったり、
ホッとする温かみであったり、
そういうことかなと、
改めて思いました。

 

・はためくや鮨屋の幟夏来る  野衾