人類の心性

 

病気もまた、「ある人間の上に乗っている」神霊だと言われることがある、
それもすでにホメロスにおいてそう言われている。
しかしなかでも特別にこの名前をもらっているのは精神病であろう。
ソポクレスの『アイアス』の主人公は、
自分の狂気をおのれの神霊《ダイモン》によるものだと言い、
この神霊が自分に狂った言葉を吹き込んで言わせているのだと信じている。
そのときの主調をなす意見を握っている人間、
悲劇の合唱隊はきわめてしばしばそういう人間として語っているのだが、
このような人間もまた、
ある神霊に突然襲われて身の毛もよだつ予言を下すことがあったかもしれない。
アイスキュロスの悲劇において合唱隊は予言するカッサンドラにこう呼び掛けている。
「いかなる神霊がお前に激しくのしかかって、
お前の(目前に迫っている)死の嘆きの歌をお前に吹き込んでいるのか?」
次に、
後代の、
おそらくはオリエントに由来すると思われる考え方で、
本当に物に憑かれた人たち《ダイモニゾメノイ》について言われているものであるが、
これはある神霊がこの人たちの中へ外から押し入ったのであって、
それはまたたぶん追い出すことができるのだ、
というのである。
(ヤーコプ・ブルクハルト[著]新井靖一[訳]『ギリシア文化史 第二巻』
筑摩書房、1992年、p.98)

 

いまわたしの関心は、
歴史的に各地域で発生し、ユニークとされる文化の比較を通して、
人間のこころのありよう、起源をさぐる、
みたいなところにあるのかな
と、
他人事のように思っています。
じぶんのことなのに変ですが、
あまり明確に言葉にできません。
もう少ししたら、
少しは言葉を見つけられるかもしれない。
上に引用した箇所を読んだとき、
『アラビアンナイト』に登場するジンのことを思い浮かべました。
神霊、精霊、ジンといい、
それらは、
ある文化状況、
生活空間の中で人間によって生み出されたものでしょうけれど、
そこに人類共通の心性が潜んでいるように感じます。
そのことを考えるために、
中井久夫さんの『分裂病と人類』が参考になりそうです。
ヘッケルの
「個体発生は系統発生を繰り返す」
がいまも有効ならば、
例外なくだれのなかにもある、
神霊、精霊、ジンを生み出す起源が眠っているはず。

 

・早朝の部屋の中にも緑さす  野衾