『対談集 春風問学』

 

2012年から、いろいろな方と対談、鼎談を行い、
それを春風新聞に掲載したり、図書新聞に掲載していただいたりしてきましたが、
こんかい、
それらを一書にまとめ
『対談集 春風問学』として刊行することになりました。
Amazonですでに予約注文が始まっています。
ご参考のために、目次を引用すると、
以下のとおりです。

 

対話はよろこび、学を問いつづけて(はじめに)
池内紀の読書会(池内紀×三浦衛)
長田弘の読書会(長田弘×三浦衛)
「本を読む、書く、出版する」よもやま対談(平尾隆弘×三浦衛×中条省平)
北上川という宇宙 3・11以前の「日常」をめぐって(橋本照嵩×佐々木幹郎×桂川潤×三浦衛)
文は人(池内紀×横須賀薫×三浦衛)
「本は物である」考(桂川潤×三浦衛)
学術書の未来 学術書の出版はどこへ向かうのか(鈴木哲也×三浦衛×馬渡元喜)
教育・学問の原点 鎌倉アカデミアに学ぶ(大嶋拓×三浦衛)
本づくりの根 赤羽―鎌倉―桜木町(上野勇治×三浦衛)
「学ぶ」について(石渡博明×三浦衛)
知識と経験と勘 鍼灸の世界(朝岡和俊×三浦衛)
叡智の人 森田正馬にきく 森田療法の誕生(畑野文夫×三浦衛)
「ソコカラ ナニ ガ ミエル?」 都市をめぐって 都市は喘いでいる(吉原直樹×三浦衛)
「悪の凡庸さ」とリーダーシップ(末松裕基×生澤繁樹×橋本憲幸×三浦衛)

 

どの対談、鼎談も思い出深く、またなつかしく、
幾度も思い返しては、都度に、考えるきっかけをもらってきました。
このごろよく思い出すのは、
2019年にお亡くなりになったドイツ文学者でエッセイストの池内紀さんのこと。
対談の際、
参加された方からの質問にこたえ、
池内さん、
こんなことをおっしゃいました。

 

最近はあまり一人では山に行かないのですが、
一人で歩いていると、
これまで自分が出会ってきたいろんな人と自分の中で会話ができる。
初恋の人を呼び出して、
「最初に新宿で会った時、どの喫茶店で話したか」
なんてことを思い出しながらずっと歩いていると、
急に対話の相手が三番目の人に変わったりする。
そういう一人対話は楽しいですね。

 

この話をされたときも、
池内さんは、いつもの、あのにこやかな表情をされていました。
わたしも、
山歩きではないけれど、
会社への往き、復り、同じことをしています。
すでにこの世にいない人とでも、
一人対話なら楽しむことができます。
さて『対談集 春風問学』
ですが、
装丁は南伸坊さん。
すてきな装画を描いてくださいました。
Amazonのページはコチラ
発売は10月15日です。

 

・秋の風揺れて草木の白さかな  野衾

 

哲学とは何か

 

拙著『文の風景 ときどきマンガ、音楽、映画』に関する鼎談の折、
学習院大学の中条省平先生が
ジル・ドゥルーズの『シネマ』に触れられ、
そのことばが印象にのこりましたので、
さっそく読んでみました。
「シネマ1」「シネマ2」とあって、
1は「運動イメージ」、2は「時間イメージ」
2の最後の第10章「結論」に、
映画を論じることは哲学なんだということに関して、
ドゥルーズはこう言っています。

 

多くの人々にとって、哲学は「生成する」ものではなく、
出来合いの時空にすでに作られたものとして、
前もって存在している。
しかし哲学理論はその対象に劣らず、それ自体一つの実践なのである。
……………
映画の概念は映画の中に与えられてはいない。
しかしそれは映画の概念であって、映画についての理論ではない。
したがって、
真昼であれ真夜中であれ、
もはや映画とは何かではなく、
哲学とは何かと問わねばならないときが、いつもやってくる。
映画それ自身はイメージと記号の新しい実践であり、
哲学は概念的実践としてその理論を作らなければならない。
なぜなら
どんな技術的あるいは応用的(精神分析、言語学)、内省的な規定も、
映画そのもののもろもろの概念を構成するのに十分とはいえないからである。
(ジル・ドゥルーズ[著]宇野邦一/石原陽一郎/江澤健一郎/
大原理志/岡村民夫[訳]『シネマ2*時間イメージ』法政大学出版局、2006年、p.385)

 

く~っ。
でも。
分かったような、分からないような。
ともかく。
哲学が実践であり「生成する」ものであるという考え方に魅力を感じます。
哲学が哲学であるということは、
そこで語られていることがつねに開かれており、
いま、いま、
を開いていくことになるのだと。
道元禅師なら「而今」とでもいうところでしょうか。
哲学の本が、
難しいけど面白い、面白いけど難しい、それなのにやめられない止まらない、
カルビーのかっぱえびせん
なのは、
生きているいまこの瞬間に関わることだからなのでしょう。

 

・秋冷や空の下なるいのちどち  野衾

 

ハーヴェスト

 

拙著『文の風景 ときどきマンガ、音楽、映画』につきまして、
いろいろな方から、
ありがたい葉書、手紙、絵、電子メール、また直接のコメントをいただきました。
寄せられることばに接するたびに、
じぶんでは気づかなかったことに気づかされ、
本を出してよかったと思います。
今回の本では、
この十一年間に読んだ古今東西の本が中心ですが、
一読者として改めて拙著を読んでみると、
その都度取り上げた本のなかのことばたちが、
いわば、
わたしの記憶(=精神)の田んぼに蒔かれた種で、
拙著は、
その種が時の恩恵をいただき、
日々の体験から養分を摂取しやがて実りの季節を迎え、それを刈り入れ束ねて出来たもの、
とも思います。
なかには、
途中で枯れてしまったり、
鳥に啄まれたりしたものがあったかもしれない。
それは、
種の問題というより、土の問題。
これらの連想は、
畏友高橋大さんからいただいた絵によって喚起された部分が大きい
気がします。

 

・秋麗や亡き友と行く半僧坊  野衾

 

将来の夢は

 

小学五年生のとき、だったかと思います。
担任は、小武海市蔵(こぶかい いちぞう)先生。
国語の時間に「将来の夢」をテーマに作文を書く、というのがありまして。
わたしが書いた作文のタイトルは
「日本一の百姓」
大きく出たものです。
内容はすっかり忘れてしまいましたが、
なぜそのタイトルにしたかといえば、
理由ははっきりしていて、
稲刈り後の、父の、ある姿が目に焼きついていたからです。
当時まだコンバインはなく、
バインダーが出始めの頃だったでしょうか。
ともかく、
刈り取った稲をどうしていたかといえば、
地元で「ほにょ」と呼ぶ杭を田んぼに挿し、
束ねた稲をその杭に、たがいちがいに十文字に重ね上げ、
二週間ぐらいでしょうか、
天日で干し、
十分に乾いてからトレーラーに積み込んで、
家の庭と倉庫に、それでも不足のときは家のなかの部屋にまで、運び入れました。
天日で干した稲を運ぶというだいじな日の終りの回に、
雨が降ってきた。
父は、
着ていたものをすべて脱ぎ、稲を蔽い、
パンツ一丁となって、トレーラーに繋いだ耕耘機の運転台に乗った。
父は、無言のまま、
あたりまえのこととして動いていたようですが、
それはわたしが、
「働く」ということを、
理屈でなく見た、知った、瞬間であったと、
いま思います。
それを思い出したのは、
今月刊行された松本大洋の新作『東京ヒゴロ 1』(小学館)を読んだからです。
これは、
漫画編集者・塩澤を主人公にした物語で、
塩澤は、
じぶんが立ち上げた雑誌がうまくいかなかったのを機に、
30年間勤めた出版社を自己都合により退社します。
しかし、
漫画への熱い思い断ち切りがたく…、
というようにストーリーは展開していきますが、
30年間の編集者時代のエピソードが、
いい感じで、
ときどき差し込まれ、
塩澤の人となりがだんだん見えてきます。
かつて、
じぶんが担当した女性漫画家から出来立ての原稿を預かって外に出たとき、
雨が降ってきた。
塩澤は着ていた背広を脱いでぐるぐると原稿に巻きつけ、
傘をその上にだけ差し、
じぶんは濡れ鼠のようになって道を急いだ。
女性漫画家はその姿を、
深夜の喫茶店の二階から見ていて、ある決心をする。
「これからは、自分が好きなものだけ描く」
ここを見て、読んで、
父のあのときの姿がまざまざと蘇りました。

 

・秋深き丘に佇立の友を見し  野衾

 

ことしの作は

 

秋分の日のきのう、
夕刻になって固定電話が鳴り、なにかの営業か?と思いながら受話器を取ると、
秋田の父からでした。
聴けば、
稲刈り、籾摺りを終え、
ことしの米づくりはすべて終了したとの報告で。
収量も昨年にくらべ、
さらに多かったらしく。
叔父のアシストあればこそではありますが、
齢九十にして1.4ヘクタールの稲を育て収穫するというのは、
なかなかのギネスものかもしれません。
先年亡くなった父の姉が
「おまえは、仕事をするために生まれてきたような人だな」
と言っていたのを思い出します。

 

・爽やかや学の始めの漢詩読む  野衾

 

ジル・ドゥルーズ

 

先だって、
学習院大学の中条省平先生、東京学芸大学の末松裕基先生をお招きし、
拙著『文の風景 ときどきマンガ、音楽、映画』
について鼎談を行った際、
終りに近づいたころ、
中条先生が、
ジル・ドゥルーズの『シネマ』の最後の方に、
「世界への信頼」ということばがでてくることを引き合いに出されました。
ドゥルーズの著書は、
かつて『差異と反復』を読んだだけで、
そのときの印象しかありませんでしたから、
映画が
「世界への信頼を回復するためにある」
とドゥルーズが捉えていたことに興味を持ち、
さっそく法政大学出版局からでている『シネマ1*運動イメージ』を求め読みましたら、
あっ!と目をみはる箇所に出くわしました。

 

わたしたちを破滅させ、劣化=堕落させるのはまさに反復なのだが、
しかしその反復こそがまた、
わたしたちを救済しうるのであり、
わたしたちをそれとは別の反復の外へ出すことができるのである。
キルケゴールがすでに、
過去の反復すなわち拘束し劣化=堕落させる反復と、
信仰の反復すなわち未来に向けられた反復とを対立させており、
そして後者の反復こそが、
〈善〉の力ではなく不条理なものの力のなかで、
すべてをわたしたちに再び与えてくれる反復であるとしていた。
つねにすでになされてしまったものの再生としての永遠回帰に対して、
復活して新しくなることとしての永遠回帰、
新たなものそして可能なものの新たな贈与としての永遠回帰が対立するのだ。
(ジル・ドゥルーズ[著]財津理/齋藤範[訳]『シネマ1*運動イメージ』
法政大学出版局、2008年、p.232)

 

いろいろな読み方ができる文章ですが、
単語の選びを含め、
聖書及びキリスト教の世界観を抜きに理解することは不可能であると思います。
この本と、
この本の肝になることばを紹介してくださった中条先生に感謝します。

 

・虫の声過ぎてまたする虫の声  野衾

 

詩はだれのもの

 

古くは、
詩の制作・受容において作者という概念は存在しなかったと考えていいだろう。
清・労孝輿《ろうこうよ》『春秋詩話《しゅんじゅうしわ》』は、
『詩経』の詩が作者名を欠いているいることを論じて、
「当時はただ詩だけが存在して、詩人は存在しなかった。
古人の作を自分の作とすることができたし、
誰か別の人の作を自分の作とすることもできた。
……誰もある特定の作品の作者ではなかったし、
作品は誰か特定の人が作ったものでもなかった。
……誰も作者を名乗ろうとはせず、
詩は作らずして作られていたのである」と述べている。
『詩経』の詩、
特に民歌を収める国風の詩について言えば、そこにうたわれるのは男女間の恋情や
悪政の苦しみなど誰もが了解可能な心情や出来事であって、
ある特定の個人の内面や特殊な出来事がうたわれるわけではない。
(川合康三・富永一登・釜谷武志・和田英信・浅見洋二・緑川英樹[訳注]
『文選 詩篇(五)』岩波文庫、2019年、p.405)

 

中学、高校の国語教科書に、有名な中国詩がいくつか載っていて、
試験の前ともなれば、暗記したものでした。
五言絶句、七言律詩、
といっても字数にすればたかが知れていますので、
それになんといっても若かった
ですから、
それほど苦もなく暗唱できました。
込み入った現代国語、にょろにょろ鰻のような日本の古文と違い、
すっきり、くっきりとしていて、
潔い感じがした。
屈原のエピソードも、
中国詩に対する印象を色付けていたかもしれません。
引用した箇所は、
浅見洋二さんが書いていますが、
なるほどと合点がいき、ふかく共感するところです。

 

・駄菓子屋を過ぎて小闇へ虫の声  野衾