社交的な運転手

 

先々週ぐらいでしたでしょうか、紅葉坂の交差点付近からタクシーをつかまえ、
乗車したところ、
「ご乗車ありがとうございます。
わたくし、○○交通の△△と申します。よろしくお願いいたします。
タクシー運転手になりたてで、道がよく分からないものですから、
こんなことを申し上げて恐縮ではございますが、
教えていただくと、たいへん助かります」
と、告げられた。
「そうですか。分かりました。とりあえず国道一号線に出ていただいて、
西平沼橋の交差点を左に曲がってください」
「はい。分かりました。あの交差点、西平沼橋というんですね」
「ええ。そうです」
「申し訳ございません。なりたてなもので…」
「いえいえ。たいへんですね」
「いえ。業種は違えど、前の仕事も、接客といえば、接客でしたから」
「そうですか」
「はい。社交ダンスの教師をしておりました」
「は!? 社交ダンスの教師?」
「はい」
「社交ダンスの教師を。それでこんなに社交的…」
「ははは。お客さん、お上手」
「いや。ことば遣い、物腰がやわらかく、
気持ちのいい社交的な運転手さんだと思ったものですから。そうですか。
社交ダンスの教師を」
「はい。社交ダンスは、密なるダンスなもので。
それが三密とかいわれ、密を避けよと高らかに喧伝されると、商売になりません」
「なるほど」
「はい。この道は、しばらくまっすぐでよろしいですか?」
「あ。すみません。運転手さんのお話に、つい聴き入ってしまいました」
「恐れ入ります」
「いえ。はい。左車線をしばらくまっすぐ進んでください」

 

・迷い入る人馬もろとも雪女郎  野衾

 

イタチクショー!!

 

なんてこった!! 秋田の実家のニワトリが、またまた、イタチに殺られた。
おととしでしょうか、
十羽いたニワトリが十羽ともイタチに殺られ、
父と叔父の二人がかりで徹底的に鶏小屋を完備封鎖したのに、
どこから侵入したのか、
一羽の首がもぎ取られ食われてしまったというのだ。
もう一羽は、
足を嚙まれたらしく、
傷を負った。
それでもその一羽は健気に餌を啄んでいたらしい。
八羽は無傷。
にっくきイタチ。
イタチクショー!!
足を噛まれたニワトリが気になったので、
翌日電話で父に尋ねたところ、
うずくまって、
元気なさそうにしている、
けれど、
ちゃんと一日一個の卵を産んでいるのだとか。
父は、
傷ついたニワトリの足に薬を塗ってあげたらしい。
何を塗ったの?
と訊けば、
擦り傷、切り傷に効くニンゲン用の薬を。
馬も牛も豚も七面鳥も、犬も猫もいなくなった秋田の実家で、
ニワトリが唯一父と母の楽しみなのだ。
たのむよイタチクショー!!

 

・十羽ゐる鶏小屋の雪下し  野衾

 

炒めた赤いご飯

 

家人が朝、弁当を作っている匂いがこちらの部屋までただよってきて、
不意に子どものころの思い出が浮かびました。
秋田のわたしの実家では、
煮るか焼くかのどちらかがほとんどで、
フライパンで炒めるのは、
目玉焼きをつくるためのニワトリの卵ぐらい。
電子レンジのない時代。
そうか。
卵を溶いて小麦粉と砂糖を混ぜて炒めたバッタラ焼き、というのがあったな、
そうだそうだ、ありました。
バッタラ焼きのことは措いとくとして、
チャーハンやチキンライスのような、
ご飯を炒めた料理というものを食べたことがありませんでした。
初めて食べたのは、
石川理紀之助にゆかりの地、
現在の潟上市昭和豊川山田に嫁いだ叔母の家に遊びに行ったときだったと記憶しています。
ふり返れば、
鶏肉が入っていたし、
少し赤い色をしていたから、
チキンライスだったかも知れません。
赤は、
ケチャップの赤だったのでしょう。
衝撃的な美味しさでした。
叔母のところへ行けば、炒めた赤いご飯が食べられる、
そのようにインプットされたわたしは、
しばらく時間を置いてから、
また訪ねたような気がします。
弟を連れていたかもしれない。
いとこと遊んだあの家は、いまはもうないでしょう。
長男の父には、上に姉、下に二人の弟と、四人の妹がいますが、
チキンライスを作ってくれた、
すぐ下の妹が早くに亡くなりました。
叔母の鼻骨には傷がありました。
子どもの頃、
柿の木から落ちてきた柿が鼻を直撃し、
痕になったと聞いた。
朝の台所からただよってきた匂いに刺激され、
子どもの頃食したチキンライスの味と笑顔を絶やさなかった叔母の声が、
あざやかに蘇りました。

 

・大寒やチキンライスと叔母の声  野衾

 

DIY

 

浴槽の、お湯が出る方の蛇口から、相当きつく締めても、ぽた、数秒おいて、ぽた。
しょうがねーなー。
で、
ぐぐっ、と、さらにきつく締める。
蛇口を睨みつけていると、
ぽた。
くっそーーー!!
というような状態に陥り、インターネットであれこれ調べ、
湯ーチューブ動画を見たりして、
やれば、できる!!
と自信を持ち、
カクダイ 自在水栓補修セット 792-812
なるものを買いました。
税込343円也。
ちなみにカクダイは、拡大でなはく、ブランド名。
由来は調べていませんので、
分かりません。
きのうの午前、さっそく部品交換の作業に入りました。
元栓を締め、
蛇口をひねっても水が出ないことを確認してから徐にまずキャップを外し。
それからそれから。
(中略)
というわけで、
なかのコマみたいな部品、
これ、ケレップというそうですが、
そいつを好感、いや、公刊、いや、高官(悪ノリ)、いや、交換しました。
元栓を開放にし、
さあどうだ!?
お。
ん!?
出ないじゃん。
あはははは…。
よかった。
うれしい!!
ふつふつと喜びがもたげてきた。

 

・探梅や縄文の丘土器拾ふ  野衾

 

成瀬仁蔵と柳敬助

 

日本女子大学の創設者として著名なキリスト者・成瀬仁蔵が
洋画家の柳敬助と親交があったことを初めて知りました。
成瀬が、
学生たちへの講義のために、
ある本の挿絵を大きく描いてほしい旨を柳に頼みに行った、
というエピソードが、
『宮沢賢治 妹トシの拓いた道――「銀河鉄道の夜」へむかって』
に記されていました。
この本は、
タイトルにあるとおり、
宮沢賢治が、
愛する妹を通して、
いかにキリスト教に接近していったかを説いた書ですが、
賢治と新井奥邃をつなぐ見えない糸についても、
ふかく考えさせられました。
柳は、
奥邃の謙和舎に足しげく通っており、
高村光太郎に奥邃を紹介した人物でもあります。
わたしは、
一九二三年に亡くなっている柳敬助を、直接知っているわけではありませんが、
柳のご子息・文治郎さんには何度かお目にかかったことがあり、
文治郎さんから、
ご自宅で新井奥邃の名がでるときに、
家のなかが独特の空気に包まれたということを、
興味深くうかがったことがあります。
文治郎さんはまた、
新井奥邃先生記念会の幹事を務められました。
奇しくも、
宮沢トシが亡くなったのが一九二二年、
新井奥邃が亡くなった年と同じ、
ちょうど百年前になります。

 

・土器拾ふ遥かここまで探梅行  野衾

 

破壊力抜群

 

おとといときのう、予定していた本を読み切り充実した時間を過ごしましたが、
少々アタマが疲れてきたなと感じましたから、
きのうの夕刻、
半分ほど読んで止めていた
中崎タツヤの『完全版 男の生活』(白泉社、2004年)を手に取った。
マンガです。
そうか。
一度ここで取り上げたことがありましたね。
中条さんのいうとおり、
そのあまりのショーモナさは抜群
で、
読み切るまでに五度ほど、
声を出して笑った。
わたしのなかのショーモナさに共振するのでしょう。
家人は出かけていましたので、
ひとり大声で笑い、
そして、
やがて悲しきタツヤかな。
この人、天才!
五度ほど笑ったなかから、
ひとつだけ、
文字のみでどれだけ伝わるか分かりませんけれど、
紹介したいと思います。
タイトル「不器用な俺」
サブタイトル「昨日の晩、考えてたのになぁ…。」
なお(  )はわたしの説明です。

 

(一本の木立の下、どうやら男女の別れの場面)
女:遊びだったのね
男:(女に背中を向けたまま)バカなことを言うな
(次のコマ、男はくるりと振り向き)遊びで女とつきあえるほど器用じゃないぜ
女:それじゃ私達の一年は何だったの
男:(また背中を見せながら)どうとってくれてもかまわない
(次のコマ、ふたたびくるりと振り向き)しかし!! これだけは忘れないでくれ
(その次のコマは、男と女が木立の前でじっと見つめ合う)
(さらに次のコマ)女:何を忘れるなって言いたいの?
男:…………
女:忘れたのね
男:……うん

 

あげればもっとあるけれど、
ガマンして一つだけにしておきます。
にしても。
このマンガを知ったのは、
中条省平さんの『マンガの教養』
でした。
あの飄々とした中条さん、
どんなお顔で『完全版 男の生活』を読んだんだろー、なんて想像すると、
それはそれで面白く、
静かな笑いに浸ります。

 

・夜半無言の里に雪積もるらむ  野衾

 

雪の富士と軽業師

 

二か月に一回の定期検診を終えて一八〇段
(一八一段だったかもしれません。登りはじめ最初の一段を忘れたかもしれず)
ある階段を登りおえ、遥かに北西を見やれば、
白々と輝く富士山が、澄み切った青空のもと荘厳なる姿を聳えさせています。
思わず、ほ~、と。
気分が変り、
今度は丘のてっぺんから階段を少し下って右へ下りると、
高い木の枝枝のあいだを何やら素早く動くものの影。
台湾栗鼠が二匹、追いかけっこだ。
入り組む枝をものともせず、
枝と枝の間をジャンプする姿は、
ジャンプというより、
空間に見えない枝がつながっているかのごとく、空中をすべっていく。
またまた、ほ~。
気分すっかり快晴快調。

 

・見送りの父母淡き肩に雪  野衾