赤羽漫画

 

 ポケットに夢とガム無しホッカイロ

清野とおるさんの『東京都北区赤羽』が面白い!
漫画です。
赤羽で大ブレーク中だそうです。
神奈川新聞社の自転車記者さんから教えてもらいました。
現在七巻まで出ているようですが、
とりあえず①と②をアマゾンで買いました。
さっそく開いて読み始めたら、
十年間通い、仕事をし、遊び、
カプセルホテル住まいをしたあの赤羽の時間と空気が
各ページからもわもわ~っと
ハクション大魔王のごとく立ち上がってきました。
その筆力、
ただごとではありません。
さっそく赤羽のユイちゃんに電話。
「もしもし。みうらちゃんだよー。久しぶり」
「あ。みうらちゃん。元気?」
「うん。元気。ところでさ、『東京都北区赤羽』知ってる?」
「うん。知ってる知ってる。漫画でしょ。整骨院で読んだ」
「え! 整骨院? 整骨院に行ってるの?」
「うん。年だからさ。あちこちね」
「だめだよ気をつけなきゃ」
「うん。ありがとう。
それよりこのごろ三浦ちゃん来ないじゃないよ。たまには来てよ」
「そうね。行く行く」
というようなことで、
ユイちゃんも整骨院で読んで知っていました。
ユイちゃんというのは、
わたしがよく通っていた赤羽にあるスナックのおねえさんで、
拙著『父のふるさと 秋田往来』にも登場します。
ユイちゃんから頼まれ、
古書で『大辞林』を買ってあげたことがありました。
お店の客に馬鹿にされたと
悔し涙で電話をしてきたことがありました。
『東京都北区赤羽』の清野さん、
ツブヤ大学にお呼びしようかと考え中。

 六年目朝一番の気功かな

六年目

 

 雪積もりアダマサクルと父が言ふ

継続は力なりが信条(笑)のわたしは、
これはいい!と信じたら、
死んでもそのことを止めません。
死んだら止めざるを得ませんけど。
その点、
日清戦争で死んでもラッパを放さなかったという
木口小平(きぐち・こへい)に似ているかも知れません。
木口小平は岡山県出身。
もちろんわたしは、
修身教科書の世代ではありませんが、
前に勤めていた出版社で
修身教科書の復刻版をつくったので、
知っているのです。
前口上が長くなりました。
毎朝欠かさずやっている禅密気功
(インフルエンザのとき、休みました)が、
今日から六年目に入ります。
体調が悪かったとき、
これぐらいで良しとしませんかと
西洋医学の医者から告げられ、
こんな状態で社長ができるかと思ったものですから、
藁をもつかむ一念で朱剛先生を訪ねました。
先生、一言。「きっと直ります」
先生は、あまり日本語が上手ではありません。
でも、でもというのもなんですが、
確かに直りました。元気になりました。
中国四千年の歴史は凄い!
禅密気功と朱剛先生に感謝です。
みなさん(ここからが宣伝)、
禅密気功はいいですよ。
まず、コレを読んでください。それからコレを。
そして、体で中国四千年の歴史
(禅密気功はそんなには古くはありませんが)
に触れてみてください。
さて、
話変わって『乱歩彷徨(らんぽほうこう)』
毎日新聞に書評が掲載されました。
書評者は荒俣宏さん。コチラをご覧ください。
というわけで、
よし! 六年目初日の気功を始めるぞ!

 マスク中烏賊そうめんを咀嚼せり

本の先生

 

 雪かきを終へて半日昼寝かな

子どものころ、
わたしは外で遊んでばかりでしたから、
本をほとんど読んでいません。
周りで本好きな子がいたとも思われません。
いても気づかなかったのかな。
ともかく、
いわゆる児童文学なるものを読んできませんでしたから、
周囲の大人が数十年前を思い出し、
名作とされる児童文学について話し始めると
話についていけないし、
今さら読もうという気が起きません。
ところが、
ひかりちゃんとりなちゃんがいます。
幸いにも二人は大の本好きで、
今まさに読んでいる児童文学の本を薦めてくれます。
そのことがとてもありがたい。
ひかりちゃんから薦められて、
メアリーポピンズを読みました。
ふんふん、ふんふん、と何冊か読み終わった。
読んでいるときも面白かったけど、
時間がたつほどに、
いくつかのエピソードが忘れられずに、
覚えています。
その残り方が不思議な気がして、
名作というのはこういうこともあるのかなと思います。
今はりなちゃんから
『カッレくんの冒険』を借りています。

 捨て水が水飴のごと凍りけり

好きの電波

 

 小さき手が大学芋をもて来たり

たとえばオートバイ。
わたしは乗らないし、
免許も持っていないのですが、
オートバイ好きの人の話を聞くのはたぶん好きです。
「好き」にはウソがないと思うんですね。
ウソをつく必要がないというか。
だから、
なんでもいい、
何かが好きな人の話を聞くと、安心します。
先週金曜日(27日)はツブヤ大学
「Book学科ヨコハマ講座 よこはま 本への旅」の四限目で、
昨年末に惜しまれながら閉店した伊勢佐木書林の
店主・飯田明彦さんを春風社にお迎えし、
古書の魅力についていろいろお話をうかがいました。
お持ちくださった十冊ほどについて、
飯田さんからコメントをしていただきましたが、
そばで聞いていて、
ほんとうに本が好きなんだなと思いました。
どうしてそんなに好きなの? と訊けば、
それなりの理由をお話してくださるでしょうが、
たぶん、言葉の底には
言葉を支えるさらなる理由があるような気がします。
数年前、
二千冊ほどの本を飯田さんに買ってもらったとき、
そのなかに古川ロッパの日記があったのですが、
飯田さん、その本を手に取り、
「この本がまたウチの店で扱えるか」
ぽつりとおっしゃいました。
忘れられません。
ツブヤ大学の当日、
飯田さんの奥様からおみやげをいただきました。
ありがとうございました。

 朝寒し排水の音ゴボゴボと

ツブヤ大学「古書の魅力」

 

 縮かめて首と背中が凝りにけり

きょうは、
わたしがモデレータを務めるツブヤ大学の
「Book学科ヨコハマ講座 よこはま 本への旅」の四限目。
昨年末に惜しまれながら閉店した伊勢佐木書林の
店主・飯田明彦さんをゲストとしてお迎えし、
古書の魅力についていろいろお話をうかがい、
熱く語っていただこうと思っています。
今回から会場を春風社に移して行います。
近くにお住まいで(遠くても)
ご興味のある方は、
どちらさまもどうぞいらしてください。
お申し込みは、コチラまで。
なのですが、
きょうのことですから、
直接会場に来られて受付してくださっても結構です。
トークの模様は、
ユーストリームでも同時配信しますので、
はるか遠くにお住まいの方は、
ユーストリームでもご覧いただけます。
人から人へリレーされて読み継がれる本というのは、
いろいろと想像力をかきたててくれます。
どんな話が聞けるか、楽しみです。

 朝寒しコーヒー湯気に光かな

オッペシ、木こりになる!

 

 撒き水をよけて段段寒き朝

我が社創業メンバーの一人専務イシバシは、
ご存知の方もおられるでしょうが、
千葉県九十九里浜の出身。
あの辺りでは押すことを「オッペス」と言うそうで、
かつて、漁に出る船を半裸の女性たちが
全身弓なりにして押し出し=オッペシていました。
その姿は写真集『九十九里浜』にリアルにとらえられています。
「オッペス」も「オッペシ」も、
弾んで生き生きし、かわいく切なく、
猥雑な響きさえ感じられ、いい言葉だなと思います。
一度聞いたら忘れられません。
わたしはときどき、
イシバシを「オッペシ営業」と呼んでいます。
ズーッと押して押してまた押して、
さらに押し転瞬スッと力を抜く。何かが動き出す…。
オッペスことは、
力を抜くタイミングが大事かなと思います。
さてそのイシバシ、
このごろ海を離れ(笑)山へ行っています。
NPO法人森づくりフォーラムの活動の一つ、
「フォレスト21さがみの森」のメンバーから
声をかけていただき、
山歩きをしているようですが、
先日は相模原市津久井町にある国有林に入り、
杉の木に登り下枝を払う作業に加わった、
正確には、
加えていただいたようです。
下の写真がその模様。
ひと目見て、吹き出してしまいました。
おっかなびっくり、いかにも慣れていなさそう。
杉の木に抱かれているふう。
でもまあ、初めて木に登ったそうですから、
仕方ありません。
ところで、
わたしの実家の秋田の杉林、どうなっているかな?
気になってきました。
相当太くなっているはずですが…。
このごろ見に行っていません。
真の文明は山を荒らさず川を荒らさず(田中正造)なのですから、
今度の震災と人災を踏まえ、
これからますます森の重要性が問われてくるはず。
木も森も、
政治や経済の時間とは尺度がちがいます。
本当は、政治も経済も百年二百年先を見越し、
木や森の時間を取り込むことが大事なのでしょう。

 息白し富士の高嶺に降る雪も

女の小便

 

 インフル一過積年の疲れ運び去り

中野好夫の『司馬江漢考』を読んでいたら、
女の小便のことについて記されていました。
司馬江漢というのは、
江戸時代の絵師、蘭学者です。
中野好夫はわたしの最も好きな書き手の一人で、
今までかなりの数の本を売りましたが、
中野さんの本だけはおそらく一冊も売っていません。
人にあげたものはあります。
ところで『司馬江漢考』ですが、
これは昭和六十一年といいますから、
一九八六年に出た本。
今から二十六年前になります。
中野さんの本ですから、すぐに買ったのですが、
つんどく時間が長く、ずっと読んでいませんでした。
思うところあって読み始めたら、
さすが中野さん、
やっぱり面白い。
この本は、
現在残っている書簡から、
司馬江漢の人物に迫ろうとした随筆・評伝ですが、
司馬江漢なるひと相当に変わっていたらしく、
それは書簡からも充分うかがい知れます。
女の小便の話は、
山領主馬宛書簡のなかに出てきます。
京(都)にあしき事として一項を設け、
「女の小便、是はタゴへする故に、尻をまくり後ろ向になる。
多くは尻をふかず、一向の田舎風なり」
そう記した後で、江戸の能き事として、
「女の小便するを不見」とありますから、
江戸ではそういう風習がなかったんですかね。
ちなみにわたしは子どものころ、
「尻をまくり後ろ向にタゴへ小便する女」
を見たことがあります。
そんな珍しいことではなかったと思いますよ。
昔は京都でもそうだったんですね。

 顔マスク眼鏡曇りて苛苛す