かの女が暗殺者たちと前もって打ち合わせをしていたというような噂は、
すべて全くの中傷にすぎない。
かの女は強い心の持主ではなかったが、決して腹黒くはなかったからである。
リガで会ったとき、かの女は三十五歳だったが、
すでに二年前から女帝として君臨していた。
かの女は美人ではなかったが、
自分に注目する誰にも好かれる力をそなえていた。
そして、背は高く、風采も立派で、
優しく親切で、
とくに、つねに落着きのある人間だった。
(ジャック・カザノヴァ[著]窪田般彌[訳]『カザノヴァ回想録 5』河出書房新社、
1969年、p.375)
ジャコモ・カサノヴァの『回想録』は、文字どおり、
ヨーロッパを股にかけての恋の冒険行で、
事実は小説よりも奇なりを地でゆく稀有のものでありますけれど、
事実であるだけに、
個人の人生に迷惑にならぬよう、
そこは慎重に、
個人名をイニシャルで記すなどの配慮が見えます。
が、
だれもが知っている歴史上の人物については、
その伝ではなく、
むしろ、
カサノヴァの目とこころに映った像をくっきりと、
はっきり描いてくれていて、
おもしろく、また役に立つ。
なるほど、そうか、
そういう人だったのか、
と、
中学以来、
世界史の授業で習った人物について、
じぶんのイメージと重ね納得し、
逆に、
えええっ!! そうなの!? そんな奴?
みたいに感じる人物がいたりして
目がひらかれ、
それはそれで『回想録』を稀有の読み物にしているようです。
ちなみに上に引用したところの人物は、
エカテリーナ二世。
・頬赤きあの子めがけて雪合戦 野衾