驚きのさざなみ

 

秋田に帰省した折の帰り、東京駅から乗った電車内で、ちょっと面白いことがありました。
地下ホームから夕刻四時台の電車に乗り、
まだ会社勤めの人たちで混雑する時間帯でなかったせいか、
すぐにシートに腰かけ、
手持ちの文庫本を取り出して読み始めました。
新橋駅を過ぎた頃、
立っている客がいないのに、
目の前をなにかがすうっと通り過ぎたような気がして目を上げた。
すると、
ゆっくりしたリズムで、
ふわりふうわり、
黒いトンボが車内を品川方面に向かって飛んでいきました。
それがいかにもゆっくり、また、ゆったりと、
踊っているようにすら見え、
目の前を通るたび、
シートに腰かけていた客たちは身をのけぞらせ、
珍客の飛行を目で追いかけていました。
神様とんぼ、極楽とんぼの愛称もあるハグロトンボの移動に合わせ、
身をのけぞらせる人の動きがウェーブをなし、
音のない静かな遊戯をしているようにも見えました。
あのトンボ、
ドアが開いたときに外へ出たものと思われますが、
どこで下車したのか、
品川? 西大井?
そこまでは分かりません。

 

・これぞこの吉野の秋の一顆かな  野衾