作品は作者を語る

 

雑誌『中央公論』の編集者として名を成した滝田樗陰(たきた ちょいん)は、
わたしの母校の先輩にあたります。
高校時代のわたしは、
じぶんの先輩にそんなエライ人がいたことを知らなかったし、
編集者がどんな職業かも知りませんでした。
滝田の周辺を調べていくと、
谷崎潤一郎との関係がすぐに出てきます。
かなり早い時期に谷崎の才能にほれ込み、作品を『中央公論』に載せています。
谷崎の何に、どこにほれ込んだのかを知りたくて、
初期の作品をいくつか読んでみました。
すると、
『中央公論』に載せたものではないけれど、
二十代前半の作品のなかに、
中国の孔子の時代が描かれているもの、
キリスト教に入信した青年の彷徨が描かれているものがあったりして、
ちょっと意外でした。
作者と作品のあいだには一定の距離がありますから、
短兵急なもの言いは避けなければいけませんが、
少なくとも、
興味をもっていなければ、
それを小説にしようとは考えなかったはず。
谷崎については多くの評論、研究書がありますが、
わたしはわたしの興味で、
小さい作品を含め読み返したいと思います。

 

・秋深しとりあへず行く床屋かな  野衾