感情でもそうで、人を愛する愛情は非常に美しいものですが、
愛情がどうして破滅するかといえば、愛情は愛情によって破滅する。
愛が溢れて正しい愛の限界を踏みこえますと、愛は愛によって破滅するのです。
愛はいつのまにか憎しみとなり冷酷に変っていくのです。
何でもそうで人間のもっている能力は理性でも感情でもそれから学問でも、
正しい導きと正しい限界の中におかれておりませんと、
それ自身がそれ自身を破滅せしめる。
それを正しく導くものは先ほど言ったように信仰によるところの、
天より来るインスピレーション、
またわれわれの心の中に植えつけられているごく自然な、ごくシンプルな、ごく素直な
無邪気な願い――幼児の心とでも言いますか――
に私どもの理性を
――ここで言えば理性を正しい状態において理性の健全性をとりもどすのです。
理性は行きづまりから救出されれば、
理性は立派な理性として理性の力を発揮しますから
己れを導いてゆく力は十分発揮することができる。
(矢内原忠雄『土曜学校講義第六巻 ダンテ神曲Ⅱ 煉獄篇』みすず書房、1969年、p.77)
この講義が行われたのは、1943年3月20日。
まさに、第二次世界大戦真っ只中。
引用した箇所の発言は、その前後も含め、
戦争のことに直接触れてはいませんが、
戦争を地にしてなされた発言であるとみていいのではないか、
と思います。
矢内原は、
1951年に南原繁の後任として東京大学総長に選出され、
1957年まで2期6年間務めることになりますが、
たとえば上に引用した短いことばのなかにも、彼の精神は表れていると感じられ、
南原繁もそうですが、
キリスト教精神に則ったふたりが
引きつづいて東京大学の総長を務めたことに、
驚きを禁じ得ません。
・滑り台地獄の底の月見かな 野衾