時の劇

 

・ほとほとと夏の終りの女陰かな

サントリー芸術財団サマーフェスティバル2014
「ザ・プロデューサー・シリーズ 木戸敏郎がひらく 20世紀の伝言」
を観てきた。
そもそもは、
詩人の佐々木幹郎さんが「春風新聞」に
木戸敏郎の『若き古代―日本文化再発見試論』を取り上げられ、
そんなに面白いのならどれ読んでみるかと思い立ち、
読んでみたら、
むちゃくちゃ本当に面白い面白かった。
伝統を創造へつなぐための本気が
ひしひしと伝わってきた。
ところへ、
本気の木戸敏郎が三十七年ぶりに再演することになった
カールハインツ・シュトックハウゼン作「リヒト」から「歴年 1977」
を観ないわけには、
聴かないわけにはいかない。
音楽担当=木戸敏郎
共同演出=木戸敏郎、佐藤信
この催しも佐々木さんに教えていただきました。
いやぁブッとびましたね。
真の前衛てこういうことをいうのか
と、
公演が終っても
体がざわついていて、
思いました。
ほんとうのものは
ほんとうの深さは体が教えてくれる。
雅楽の公演に、
マントを羽織った黒の下着姿のきれいな美しい
若き女性の踊りまで登場するのだもの。
いやはや。
三十七年前の国立劇場での初演の際、
音楽関係者から非難ごうごう酷評にさらされた
というのも、
考えてみればむべなるかな。
千年の伝統はまた千年の縛りでもあったのだろう。
体のざわつきはひと晩寝て治まった。
木戸敏郎さんに会ってみたくなりました。

・秋深し哀しき音すほとやほと  野衾

缶コーヒー

 

・印刷所出でて安堵の秋の風

写真集『石巻 2011.3.27~201.5.29』の印刷立会いに、
シナノ浦和工場へ写真家・橋本照嵩さんと同行。
印刷所に向かうとなると、
必ず思い出す人がいる。
以前勤めていた出版社の関連会社の印刷部長で、
四つの関と書いてしせき、
四関さんという人がいた。
手の指が数本落ちていた。
「今は安全装置がついているけれど、
昔はそんなものはなく、
断裁機で紙といっしょに指を裁断したものさ。
指を落として一人前みたいに言われてネ」
四関さんの得意は歌と人前でのあいさつ。
印刷部長なので、
グループ会社が集まる場面ではよくあいさつをした。
社長から
「お前は本当にあいさつがうまいな」と、
冷やかされたり褒められたり。
教師を辞め出版社勤務となったわたしに
四関さんはよくしてくださり、
仕事のノウハウや心構えをいろいろ教えてくれた。
自社の機械で間に合わなくなると、
四関さんが紹介してくれる他の印刷会社へ、
編集担当者が赴くこともあった。
夏の暑い盛り、
教えてもらった印刷所へ向かう日の朝、
四関さんに呼び出された。
「現場で働いている人は、大学出を馬鹿にしているものだ。
大学出に何が出来るかと腹では思っている。
このごろは大学を卒業してこの仕事に就いているものもいるけれど、
基本は同じじゃないかな。俺だってそうだよ。
そう思っている人に仕事を頼むには秘訣がある。」
四関さんに教えてもらったとおり、
わたしは出向く印刷工場への途中で冷たい缶コーヒーを
二十本ほど買った。
缶コーヒー二十本はずっしり重い。
工場で働く人数はそれより多いかもしれない。
事前の質問に対し四関さんは、
それはたいして問題ではないと言った。
工場へ入った瞬間、
四関さんに教わったとおり、
わたしはありったけの大声で
「出版社の●●でーす。いつもお世話になっています!」と叫んだ。
機械の音が充満している工場内ながら、
働く人びとがこちらを振り向いた。
わたしの声は大きいのだ。
工場長にあいさつをし、缶コーヒーを渡した。

昨日、
橋本さんと午前の部の立会いが終わり、
工場前の食堂で昼食をとった後、
スーパーマーケットで缶コーヒー二十本を購入し、
工場に戻った。
二色機の長で今回の写真集を担当してくれているTさんに、
缶コーヒーを袋ごと渡した。
Tさんは、笑顔で受け取ってくださり、
現場の人に一本一本配って回った。
Tさんが四関さんと同じ考えの持ち主かどうかは分からないけれど、
もらった人が次つぎ
わたしたちのもとへやってきて
「缶コーヒーありがとうございました」と言った。
そのことばのなんとあたたかく気持ちいいこと。
四関さんが亡くなってもう数年たつ。

・一日を武蔵国に遊びけり  野衾

詩の発見

 

・虫の夜上り下りのひとりかな

昨年亡くなられた
恩師・飯島耕一先生に導かれながら、
西脇順三郎の詩と詩論を
読んでいると、
西脇先生の詩のユニークさがだんだん分かってきます。
たとえば、
発見ということ。
海の、川の、曲がったものの、生垣の。
海も、川も、あらゆる曲がったものも、生垣も、
だれも知っている。
母の胎のなかで受精卵が着床し、
細胞分裂を開始するや
やがて器官が発生してき、
目が出来、耳が出来、脳が出来る。
人間の子として生まれ、
目で見、耳で聞き、脳で考えても、
見るとは、聞くとは、考えるとは限らない。
学校や本で習うこととは別に、
すべて、
じぶんで見、
じぶんで聞き、
じぶんで考えなければならない。
じぶんで発見しなければならない。
飯島耕一先生に導かれながら、
西脇順三郎がいかに
海や、川や、曲がったものや、生垣を発見したのか、
その驚きを詩に定着させていったのか、
それが分かっておもしろいのだ。
わたしにとって
それはまた
詩の発見と呼んでもいいのだろう。
海はいまこそ波立ち、
川は音立てて流れてゆく。
曲がったものは愛おしく、
生垣はさらに懐かしい。

・虫すだく生垣越しにお前もか  野衾

天井天上

 

・蟋蟀や真つ暗暗の高速道

きのうここで引用した、
「鎌倉山の住人が、ある晩、口をあけて眠っていたら、
天上からムカデが落ちてきて、舌を刺されたという。
鎌倉では、口をあけて寝ないこと。」
ですが、
文中の天上は「天上」でなく「天井」でした。
訂正してお詫びします。
何度も見直したのに。
度々のことながら、
まったく自分が信じられません。
ところで、
誤って「天上」としたものの、
待てよと。
ムカデが天井から落ちてくる
ことは現実にありうる。
その天井が抜け、
あるいは剥がれ、
天蓋の青からムカデが落ちてくる
というイメージは
悪くない
と思えてきまして、
引用は正確でなければならず、
きのうのその箇所は急ぎ訂正しましたが、
タイトルは「天上」のまま
としました。
真っ青の空からでっかいムカデ!

・思はずも秋は滑りの季節なり  野衾

天上から

 

・いつの間の蟋蟀居たる立ち止まる

「鎌倉山の住人が、ある晩、口をあけて眠っていたら、
天井からムカデが落ちてきて、舌を刺されたという。
鎌倉では、口をあけて寝ないこと。」
という話が、
田村隆一の「詩人のノート」にでてくる。
鎌倉山といえば、
お世話になっているS先生がいらっしゃる。
だいじょうぶだろうか。
ここ保土ヶ谷でも、
このごろあまり出くわさなくなりホッとしているが、
二三年前まではたまに、
夏になるとしばしばムカデが登場し、
口の中に落ちてくることは流石になかったけれど、
夜中首の辺りがワサワサとし
ハッと目覚め、
目覚めるよりもはやい
ぐらいの勢いではらったことは
何度かあった。
やにわに灯りを点けると、
罪の現場を押さえられでもしたかのごとく、
ギニョギニョギニョギニョグランギニョール、
開き直り蠢いている。
全身に虫唾が走る。
粘っこい汗が吹きでてくる。
色は栗の殻みたく、
頑丈さにおいて
ピスタチオみたいなかのムカデを、
要らなくなった雑誌で
思いっきり
叩き叩き潰す潰す
潰す。
ギーシギーシギーシ、
奥のインプラント浮いてきて
ギシ。
ちょっとやそっとで動きは止まず。
こんなに頑丈ないのち視たことない。
のろいの塊。
死んだあとも、
二本の髭が
こちらをヂッと
視ている。

・蟋蟀や押され階段上り切る  野衾

じゆもん

 

・一日をすつからかんのビール干す

いとしは にくし
にくしは こひし
こひしは いたし
こひの じゆもん

きりきざみ たとえば
キャンバスに
はりつけながむ ねがひあり
つみ のみこみて
つつみは あふる

くちつぐみ はらふくる
いんぎんぶれいの きしやうあり
いかりしんとう
くされに

またふおんきしやうの きざしあり
かんけつせんのないあつ
たかまりて
ひやくどせんどのおおやけど
ちのいでんをまぬがれしも
しのふちのやみは おもし

たまあくがれ
たまあくがれ

エリ・エリ・レマ・サバクタニ
さばく たに?
さばくたにん?
エロイムエッサイム
なにとてわれを
なにとてわれを

写真は、ひかりちゃん提供。

・剣の道がも構えてふ教師あり  野衾

 

・蛞蝓《なめくぢり》首這ふ天のぬめりかな

朝 いつものように
コーヒーを淹れてる と
いつも淹れている
コーヒーなのに
とくべつ いいい香りがした

淹れたコーヒーを
カップに うつし
読みかけの 本の頁をひらく
西脇順三郎の詩「秋」が引用されていた

けずつた木屑を燃やすと
バラモンのにおいがする
(西脇順三郎「秋」より)

わたしがはじめてインドへ行つたのは八月
ビルの最上階から視たデリーのまちは
停止して観えた
のだが

地平線は かすみ
遠くの空を 煙が垂直に昇っていつた
秋は そこまで来ていた
のも 知らずに

バラモンの においをかぐために
しのおとを きくために
木屑を燃やしてみるのも悪くない

写真は、ひかりちゃん提供。

・バラモンのにおい起こせよ秋の風  野衾

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