ベンチにて

 

・ありがたや切り身西瓜を捧げ持つ

保土ヶ谷駅ビル内、
住吉書房に向かう通路に設置されてある
木のベンチに座り、
読みかけの文庫本を読んでいた。
ビル内は冷房が効いて凌ぎやすい。
ベンチは四人がけするといっぱいで、
ひょいと見ると、
わたしが一番若かった。
あとの三人は女性、
三人とも齢八十は過ぎていただろう。
読み始めてから六ページほど進んだ頃、
一人措いて端の二人が立ち上がり、
目の前をスローモーションで横切っっていった。
空いた席に座ろうと近づいてきた女性、
「あら」と発し
足早に、
去った老婆二人を追い掛け
追いつき、
「忘れ物をしていませんか?」
「あらいけない。ありがとうございます」
一人が戻ってきてレジ袋を取り、
またゆっくりと、
さっきよりは気持ち速く歩いて去った。
わたしの隣りに座っている女性は、
涼んでいるのか、
だれかを待っているのか、
本を読むわけでなく
スマホを弄るわけでなく、
まっすぐを見てただ静かに座っている。
「すみません。お待たせしました」
本のページから目を離し
見上げると、
端正な顔の老人が目の前に立っていた。
「探していた本はありましたか?」
「ええ」
立ち上がりぎわの女性の横顔を見れば、
原節子、
のわけはないが、
彷彿とさせるものがある。
夫婦なのか、
古くからの友人なのか、
はたまた。
ゆっくりと歩いて去った。

・歩むごと灯りのごたる猫じやらし  野衾