天上から

 

・いつの間の蟋蟀居たる立ち止まる

「鎌倉山の住人が、ある晩、口をあけて眠っていたら、
天井からムカデが落ちてきて、舌を刺されたという。
鎌倉では、口をあけて寝ないこと。」
という話が、
田村隆一の「詩人のノート」にでてくる。
鎌倉山といえば、
お世話になっているS先生がいらっしゃる。
だいじょうぶだろうか。
ここ保土ヶ谷でも、
このごろあまり出くわさなくなりホッとしているが、
二三年前まではたまに、
夏になるとしばしばムカデが登場し、
口の中に落ちてくることは流石になかったけれど、
夜中首の辺りがワサワサとし
ハッと目覚め、
目覚めるよりもはやい
ぐらいの勢いではらったことは
何度かあった。
やにわに灯りを点けると、
罪の現場を押さえられでもしたかのごとく、
ギニョギニョギニョギニョグランギニョール、
開き直り蠢いている。
全身に虫唾が走る。
粘っこい汗が吹きでてくる。
色は栗の殻みたく、
頑丈さにおいて
ピスタチオみたいなかのムカデを、
要らなくなった雑誌で
思いっきり
叩き叩き潰す潰す
潰す。
ギーシギーシギーシ、
奥のインプラント浮いてきて
ギシ。
ちょっとやそっとで動きは止まず。
こんなに頑丈ないのち視たことない。
のろいの塊。
死んだあとも、
二本の髭が
こちらをヂッと
視ている。

・蟋蟀や押され階段上り切る  野衾