缶コーヒー

 

・印刷所出でて安堵の秋の風

写真集『石巻 2011.3.27~201.5.29』の印刷立会いに、
シナノ浦和工場へ写真家・橋本照嵩さんと同行。
印刷所に向かうとなると、
必ず思い出す人がいる。
以前勤めていた出版社の関連会社の印刷部長で、
四つの関と書いてしせき、
四関さんという人がいた。
手の指が数本落ちていた。
「今は安全装置がついているけれど、
昔はそんなものはなく、
断裁機で紙といっしょに指を裁断したものさ。
指を落として一人前みたいに言われてネ」
四関さんの得意は歌と人前でのあいさつ。
印刷部長なので、
グループ会社が集まる場面ではよくあいさつをした。
社長から
「お前は本当にあいさつがうまいな」と、
冷やかされたり褒められたり。
教師を辞め出版社勤務となったわたしに
四関さんはよくしてくださり、
仕事のノウハウや心構えをいろいろ教えてくれた。
自社の機械で間に合わなくなると、
四関さんが紹介してくれる他の印刷会社へ、
編集担当者が赴くこともあった。
夏の暑い盛り、
教えてもらった印刷所へ向かう日の朝、
四関さんに呼び出された。
「現場で働いている人は、大学出を馬鹿にしているものだ。
大学出に何が出来るかと腹では思っている。
このごろは大学を卒業してこの仕事に就いているものもいるけれど、
基本は同じじゃないかな。俺だってそうだよ。
そう思っている人に仕事を頼むには秘訣がある。」
四関さんに教えてもらったとおり、
わたしは出向く印刷工場への途中で冷たい缶コーヒーを
二十本ほど買った。
缶コーヒー二十本はずっしり重い。
工場で働く人数はそれより多いかもしれない。
事前の質問に対し四関さんは、
それはたいして問題ではないと言った。
工場へ入った瞬間、
四関さんに教わったとおり、
わたしはありったけの大声で
「出版社の●●でーす。いつもお世話になっています!」と叫んだ。
機械の音が充満している工場内ながら、
働く人びとがこちらを振り向いた。
わたしの声は大きいのだ。
工場長にあいさつをし、缶コーヒーを渡した。

昨日、
橋本さんと午前の部の立会いが終わり、
工場前の食堂で昼食をとった後、
スーパーマーケットで缶コーヒー二十本を購入し、
工場に戻った。
二色機の長で今回の写真集を担当してくれているTさんに、
缶コーヒーを袋ごと渡した。
Tさんは、笑顔で受け取ってくださり、
現場の人に一本一本配って回った。
Tさんが四関さんと同じ考えの持ち主かどうかは分からないけれど、
もらった人が次つぎ
わたしたちのもとへやってきて
「缶コーヒーありがとうございました」と言った。
そのことばのなんとあたたかく気持ちいいこと。
四関さんが亡くなってもう数年たつ。

・一日を武蔵国に遊びけり  野衾